法厳寺 (京都市山科区)
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位置
北緯34度58分08.6秒 東経135度50分52.1秒 / 北緯34.969056度 東経135.847806度座標: 北緯34度58分08.6秒 東経135度50分52.1秒 / 北緯34.969056度 東経135.847806度
山号
牛尾山
宗派
本山修験宗
| 法厳寺 | |
|---|---|
|
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成 | |
| 所在地 | 京都府京都市山科区音羽南谷1 |
| 位置 | 北緯34度58分08.6秒 東経135度50分52.1秒 / 北緯34.969056度 東経135.847806度座標: 北緯34度58分08.6秒 東経135度50分52.1秒 / 北緯34.969056度 東経135.847806度 |
| 山号 | 牛尾山 |
| 宗派 | 本山修験宗 |
| 本尊 | 十一面千手千眼観世音菩薩 |
| 創建年 | 伝・宝亀9年(778年) |
| 開山 | 伝・延鎮 |
| 別称 | 牛尾観音 |
| 札所等 | 通称寺の会(牛尾観音) |
| 文化財 | 本堂(京都府暫定登録有形文化財) |
| 法人番号 | 1130005001376 |
法厳寺(ほうごんじ)は、京都市山科区音羽南谷にある本山修験宗の寺院。山号は牛尾山。本尊は千手観音。「牛尾観音」の通称で知られる。音羽山の主峰である牛尾山の中腹に位置している。
そもそも、音羽山の山頂には「音羽山権現社」があり、垂仁天皇から「国土守護・国民豊楽」の祈念所とされたという[1]。
その後、奈良時代に小島寺(子嶋寺)の延鎮上人が霊夢により金色に光る水源地に辿りつくと牛尾山に入山し、宝亀元年(770年)にこの地で行叡居士と出会ったという[1]。
こうして当寺は天智天皇自らが御手彫りされたと伝わる観音菩薩像を本尊として、光仁天皇の勅許を賜って宝亀9年(778年)に創建されたとしている[1]。
また、延鎮は約6キロ離れた清水寺の開山としても知られる。当地の地名である「音羽」は清水寺の山号と同じで、両寺の本尊は同じ木から彫られたとも伝わっている[2]。
平安時代には空海や円珍たちにより当寺に密教が伝わり、当地も修行の場所となる[1]。
江戸時代には清水寺との所縁から当寺は「清水寺の奥の院」と称された。しかし、明治時代になると廃仏毀釈によって荒廃した[2]。
長らく法相宗の寺院であったが昭和初期に本山修験宗に改宗している[3]。
2013年(平成25年)9月の台風18号の被害によって約200段の石段や門が流失し、寺と麓を結ぶ山道も土砂崩れで寸断されたが[4]、後に復旧された。
境内
文化財
京都府暫定登録有形文化財
- 本堂
前後の札所
- 通称寺の会(牛尾観音)
住所
- 京都府京都市山科区音羽南谷1