洛神賦
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黄初3年(222年)または黄初4年(223年)[2][5]、曹植が都洛陽から封国への帰途、夢うつつに幻視した洛水の女神・宓妃の美しさを描く[3]。河伯や女媧も現れ音楽を奏でるが、やがて幻は消え去ってしまう[6][7]。
本作は『文選』巻19に収録されて伝わる[2]。『文選』李善注には、本作の裏話が載っている。宓妃のモデルは、曹植のかつての想い人・甄氏とされる[5]。曹植は甄氏を妃にしようとしたが、曹操の采配で曹丕(文帝)の妃とされた上、讒言で早逝してしまった[8][4]。曹植は本作を『感甄賦』と題したが、甄氏の子の曹叡(明帝)によって『洛神賦』に改題された[8][5]。以上の裏話はあまりに小説的なため創作の可能性が高い[5][9]。
本作の影響源として、先秦の宋玉『神女賦』、『楚辞』九歌の湘君・湘夫人篇がある[10]。
後世の受容として、東晋の顧愷之の絵画『洛神賦図』[3][5]、王献之の書『洛神賦十三行』[1]、唐の李商隠の詩がある[9]。

