紀元前770年、周の平王が東遷し、以後周の都となった王城(洛邑)は洛陽市内、澗河の東岸地域にある。内外二重の城壁遺構から成るが、内側の小城は漢代の河南県城跡と考えられ、外側の大城が東周王城跡と推定されている。
北城壁は推定全長が約3700m、東城壁は残存部分の長さが約800m、南城壁は推定全長が約3400m、西城壁は残存部分の長さが約1850mである。基厚が8m - 15m、残高は0.8m - 4mで、全体のプランは約3km四方のやや変形した方形と見なすことができる。
城内には東周時代の文化層が存在し、鬲・盆・罐・豆などの土器類が出土している。また東周王城南壁付近の瞿家屯では、戦国時代中後期の大型建築跡の遺構が発見されている。大城の築造年代は春秋時代中期以前と推定され、戦国時代から秦統一時代にも補修が加えられている。