津空襲

1945年に行われた三重県津市への無差別爆撃 From Wikipedia, the free encyclopedia

津空襲(つくうしゅう)は、アメリカ軍によって太平洋戦争中の1945年昭和20年)に行われた三重県津市への無差別爆撃。被害は少なくとも死者2,500人以上[1]、全損家屋1万戸以上、罹災者1万6千人以上にのぼる。

空襲を行ったB29爆撃機

概要

その他

阿漕津空襲跡
7月24日の空襲により破損した塀の一部(阿漕駅前)。この空襲で駅周辺は悲惨な状況になったという。
  • 7月28日の空襲で三重県立図書館が焼失。1939年(昭和14年)の開館から僅か6年で姿を消すことになった[5]。蔵書の一部は疎開させていたものの、ほとんどを焼失した[注 1]
  • 三重県内では津のほか四日市桑名宇治山田鈴鹿松阪上野などが無差別爆撃の被害を受けたが、中でも津市の犠牲者が特に多く、住宅地帯への無差別爆撃が行われた[1]
  • 空襲の10年後に、津の中河原海岸(文化村海岸)で橋北中学校水難事件が発生し、女子生徒36人が死亡。「犠牲者の亡霊によってに引きずり込まれた」とのが流れた。

脚注

参考資料

関連項目

外部リンク

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