阿漕駅
From Wikipedia, the free encyclopedia
年表
以前は付近に紡績工場があり、比較的大きな貨物駅であったため、最盛期の面影を伝える駅舎が近年まで現存していたが、2014年9月30日に解体された。駅の南東のヤード跡は現在シーテック三重支社が建っている。また、国鉄駅からやや離れた場所には、1909年 - 1942年にかけて中勢鉄道阿漕駅が存在した。
- 1893年(明治26年)12月31日:参宮鉄道津駅 - 相可駅(現・多気駅) - 宮川駅間開通時に開設[1][2]。
- 1907年(明治40年)10月1日:参宮鉄道国有化[1]、帝国鉄道庁の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定、参宮線所属となる[1]。
- 1959年(昭和34年)7月15日:線路名称改定、参宮線亀山駅 - 当駅 - 多気駅間が紀勢本線へ編入、同線の駅となる[1]。
- 1980年(昭和55年)8月1日:貨物取扱廃止[3]。
- 1983年(昭和58年)12月21日:荷物扱い廃止[3]、無人駅化[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR東海の駅となる[1]。
- 2015年(平成27年)3月2日:新駅舎完成。
- 2027年(令和9年)春:ICカード「TOICA」が利用可能となる(予定)[5][6]。
- 旧駅舎(2005年7月)
駅構造
利用状況
「三重県統計書」によると、近年の1日平均乗車人員の推移は以下の通り。三重交通のバスと競合しており、県都の市街地駅としては少ないが(郊外部の一身田駅の4分の一程度)、朝夕は通学生のまとまった利用がある他、日中は出張客などの利用もある。
| 年度 | 一日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1998年 | 460 |
| 1999年 | 439 |
| 2000年 | 418 |
| 2001年 | 434 |
| 2002年 | 428 |
| 2003年 | 398 |
| 2004年 | 356 |
| 2005年 | 325 |
| 2006年 | 316 |
| 2007年 | 325 |
| 2008年 | 327 |
| 2009年 | 311 |
| 2010年 | 302 |
| 2011年 | 306 |
| 2012年 | 299 |
| 2013年 | 308 |
| 2014年 | 289 |
| 2015年 | 299 |
| 2016年 | 307 |
| 2017年 | 327 |
| 2018年 | 328 |
| 2019年 | 344 |
駅周辺
津市街の南端部に位置しており、周辺には公園・学校・事業所・商店などが多数点在する。駅裏の西側は丘陵地帯を開発した新興住宅街である。駅名の由来であり、強欲を意味する「あこぎ」の語源とも言われる阿漕浦は東へ1.2km程度。
- 結城神社
- 津球場公園内野球場
- 石水博物館
東側(市街地・阿漕浦方面)
- 阿漕駅前の被爆の塀
- 熱田小児科クリニック
- 津ハッピーブックス
- 三重県立津工業高等学校
- 三重県立みえ夢学園高等学校
- 津市立橋南中学校
- 津市立育生小学校
- 津市立修成小学校
- 三重刑務所
- 旧安濃津監獄正門
- 津球場公園
- 結城神社 - 約300本の枝垂れ梅
- 津八幡宮
- 阿漕浦
- 津ヨットハーバー
- NTTコミュニケーションズNTT津南ビル
- NTTドコモ津幸町ビル
- マックスバリュ垂水店
- ケーズデンキ津店
- 青山高原ウインドファーム本社
- 三重県公衆浴場業生活衛生同業組合
- 百五銀行橋南支店
- 日本共産党三重県委員会
西側(半田・高松山方面)
- セントヨゼフ女子学園高等学校・中学校
- カロンデレットの聖ヨゼフ修道会
- 石水博物館 - 川喜田半泥子の作品が中心
- スギ薬局津半田店
バス路線
駅前には乗り入れないが、駅周辺に三重交通のバス停留所が存在する。
