海老ヶ瀬 (新潟市)
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概要
1889年(明治22年)から現在までの大字で、阿賀野川下流左岸の通船川河道に沿う場所に位置する[3]。もとは戦国時代から1889年(明治22年)まであった海老ヶ瀬村の区域の一部で、1577年(天正5年)に村名の記録が残されている[3]。
地名の由来は、加賀国大聖寺から移住し当地を開発した間島主殿助が、日常小者に海老を捕らせて生活していたことによる[3]。
もとは純農村で大形村役場の所在地だったが、旧国道7号(新潟県道3号新潟新発田村上線)沿いに開発が進み、新潟バイパスのインターチェンジが造られると交通の要衛となった[3]。
隣接する町字
北から東回り順に、以下の町字と隣接する。
※ 通船川を挟んで新松崎と隣接。
歴史
分立した町字
1889年(明治22年)以後に、以下の町字が分立。
