1889年(明治22年)から1971年(昭和46年)までの大字。及び1971年(昭和46年)から現在の町名。阿賀野川下流左岸に位置する[5]。
もとは戦国時代から1889年(明治22年)まであった津島屋村の区域の一部。阿賀野川の河道変更前は川の屈曲点にあり、河道変更後は通船川の入口となっている[5]。
特産物は明治時代はブドウ。1955年(昭和30年)頃はダイコン、スイカが有名。1964年(昭和39年)から1968年(昭和43年)にかけて印刷工業団地、石材工業センターが造成された[5]。
北から東回り順に、以下の町字と隣接する。
※阿賀野川を挟んで北区松浜本町、新元島町、西名目所と隣接。