海老坂武
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東京・大森生まれ。 東京都立小山台高等学校を経て東京大学入学。在学中は東京大学運動会硬式野球部に所属し、一番打者・遊撃手を務め1956年秋リーグ戦の東大通算100勝に貢献した。シーズンによっては同世代の長嶋茂雄よりも海老坂の方が打率成績が良かった[1]。俊足選手であり、1957年春リーグ戦の対明大2回戦では、東大野球部の1試合最多盗塁記録4個をマークした[2]。1959年、東京大学文学部仏文科卒業。1963年から2年間フランスに留学。1966年、同大学院博士課程単位取得退学、同年より一橋大学勤務、のち教授。1996年、定年退官ののち、関西学院大学文学部教授。2003年退職。退職後は東京と芦屋、那覇、パリを行き来しながら執筆と翻訳に専念[3]。
ジャン=ポール・サルトル、フランツ・ファノンなどを専攻し、翻訳や評論活動をおこなう。また1986年、独身生活を勧めた『シングル・ライフ』がベストセラーとなる。
2022年、鈴木道彦他との翻訳のジャン=ポール・サルトル『家の馬鹿息子 ギュスターヴ・フローベール論』全5巻が日本翻訳出版文化賞受賞。