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深圳駅

中国広東省深圳市の鉄道駅 From Wikipedia, the free encyclopedia

深圳駅(しんせんえき)は中華人民共和国広東省深圳市羅湖区に位置する、中国国鉄(CR)の駅。広深線の南端の起点駅であると同時に、深圳市の5つの主要ターミナル駅の一つでもある。羅湖地区に位置することから、深圳市民の間では羅湖駅(中国語: 罗湖站あるいは罗湖火车站)と呼ばれることも多い[2]。

所在地 中華人民共和国の旗 中国広東省深圳市羅湖区南湖街道(中国語版)建設路1001号
北緯22度32分3.84秒 東経114度6分43.56秒
管理者 広州鉄路集団
広深鉄路股份有限公司
駅等級 一等駅
概要 深圳駅, 所在地 ...
深圳駅
駅舎空撮(2025年5月)
しんせん
Shenzhen
◄筍崗 (3.0 km)
所在地 中華人民共和国の旗 中国広東省深圳市羅湖区南湖街道(中国語版)建設路1001号
北緯22度32分3.84秒 東経114度6分43.56秒
所属事業者 中国国家鉄路集団(CR)
管理者 広州鉄路集団
広深鉄路股份有限公司
駅等級 一等駅
所属路線 広深線(京九線含む)
キロ程 147.0 km(広州起点)
北京西から2372.0 km
電報略号 23819[1]
駅構造 地上駅
ホーム 4面6線
開業年月日 1911年10月8日
乗換 深圳羅湖駅(地下鉄1号線)
香港羅湖駅(MTR東鉄線)
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繁体字: 深圳站
簡体字: 深圳站
拼音: Shēnzhèn Zhàn
発音: シェンヂェン ヂャン
概要 深圳駅, 各種表記 ...
深圳駅
各種表記
繁体字: 深圳站
簡体字: 深圳站
拼音: Shēnzhèn Zhàn
発音: シェンヂェン ヂャン
英文: Shenzhen Railway Station
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概要

路線としては広深線(京九線)のみの駅であるが、広深間都市間動車組列車(中国語版)、贛深旅客専用線や中国各地を結ぶ多くの列車が発着している。なお、香港鉄路が運行していた香港と広州を連絡する城際直通車は通過するのみで当駅には停車しなかった(「出国済→入国前」状態なので停車できなかった)。

深圳地下鉄1号線の羅湖駅と改札外で連絡、また羅湖口岸を通過した香港特別行政区側では香港鉄路(港鉄 MTR)東鉄線の羅湖駅に乗り換えることもできる。

歴史

初代駅の成立と羅湖口岸封鎖による駅移転

1911年10月8日の九広鉄路開通による式典の様子[3]。
旧駅
1978年の深圳駅と羅湖橋

1898年にイギリスは英国の貨物と人員を迅速に中国内地の市場へ運ぶことを目的として、清政府に対して九龍 - 広州間を結ぶ九広鉄路の建設計画を提出した。同区間の借款権を強引に要求したイギリスの圧力のもと、1899年に清政府鉄道大臣の盛宣懐はイギリス資本企業のジャーディン・マセソンと『広九鉄路借款草合同』に調印した。 1911年10月8日に九広鉄路の開通と同時に客貨兼用駅の深圳墟駅として開業した[4]。当時の駅は現在の東門商業区に相当する地域(深圳墟)に存在した。 鉄道の開通によって地域は急速に発展し、羅湖旧城を中心とした東門地区を形成する、当時の深圳で最も初期の経済の中心となった[5]。但し、駅自体は1949年当時でもわずか2本の線路しかなく、香港からの列車の通過業務を有するのみの小さな規模であった。

中華人民共和国の成立後、羅湖口岸によって香港への鉄路が封鎖されたことで、1950年に制限区域から離れた羅湖橋北側に新駅が建設され、同時に深圳駅と改称された[6]。当時の駅は非常に簡素で、駅職員が自ら木材を伐採し板を切り、枕木を柱として簡易的な材料で最初の待合室は建設され、ホームの規模はわずか35平方メートルであった。また駅の地勢が低く、周囲は沼地と水田ばかりで、雨が降るとすぐに浸水したため、駅職員は泥や石炭のスラグを運んで線路の両側を盛り上げ、最初のホームを建設した。駅前には小さな広場があり、旅客は広場から階段を上って出札窓口と待合室に向かった。駅左側には香港へ向かう旅客が手続きを行う出入国管理の施設があり、国境検査所と税関が管理し、九龍税関(中国語版)が駐在していた[7]。出入国の通路からは一目で国境の羅湖橋が見えた。 1955年には移転後初の改築を行い、駅舎右側に2階建ての建物が増設され、2階は食堂、1階は待合室となり、面積は従来の400平方メートル超から977平方メートルに拡大した。1959年には2度目の改築を行い、駅内に貴賓室の新設および税関施設の拡張を行い、ホームの面積も1870平方メートルに拡大した。1964年には3度目の拡張を行い、ホームも2800平方メートルに拡張された。1972年に4度目の拡張を行い、ホーム面積は4500平方メートルまで拡大した。

香港方面列車の再開と改革開放による駅の発展

1979年に平屋を1棟拡張して中国内地旅客専用の発券窓口とし、元の窓口を香港への旅客専用の窓口に転用する工事が行われた。1982年に香港資本を導入して駅の食堂を共同経営するようになり、これは中国の国鉄で初めての香港企業との合弁事業であった[8]。 1日わずか3本の旅客列車しかなく、旅客数も2000人に満たなかった当駅は、中国の改革開放によって1980年に深圳市に経済特区が設置されると、旅客数が大幅に増加した[9]。利用者増加に対応するため、1983年7月14日には大規模な改築工事が着工され、駅の拡張のほか保安検査場や跨線橋の新築工事が行われた。同年に当駅は三等駅から二等駅へと昇格ののち、1985年2月には更に一等駅へと昇格した。1985年6月13日、羅湖口岸の新たな検査施設が供用開始され、深圳香港双方の往来がより便利になった。1987年には広深線の複線化によって、駅は本線2本、着発線4本、その他の用途を持つ線路5本の規模に拡張され、年間旅客数は510万人となった。1990年頃には1日25本の旅客列車を運行し、一日あたりの旅客数は2.2万人を記録した[10]。この旅客急増により、1988年初頭に鉄道部の承認を得て、駅の拡張工事が決定された[4]。工事は1988年11月10日に着工し、本駅舎である東駅舎は1990年6月26日に着工した。この工事では駅舎のほとんどを爆破解体し、工事期間中の旅客乗降は和平路に建設された臨時駅舎で対応した。

1990年代以降

2003年の改修工事中の深圳駅
改修工事後の深圳駅(2014年3月)

1991年10月12日に新駅舎が完成し、落成式典と共に正式供用を開始した[11][12]。なお同日に深圳黄田空港(現在の深圳宝安国際空港)も開港している[13]。当日午前に、当時の国務院副総理の田紀雲が式典のテープカットを行い、午後には国務院総理の李鵬が深圳駅を視察した。駅を視察した李鵬は「深圳新駅の管理を強化し、文明の窓口を創建しよう(中国語: 加强深圳新车站管理,创建文明窗口)」との題辞を述べている[14]。 1990年10月、当時の深圳市委書記・市長の李灝が北京で当時の最高指導者鄧小平に揮毫を依頼した際、鄧小平は深圳経済特区の発展への期待で「駅のみではなく深圳市民全体へ向けて揮毫する」との考えを示したことから、駅を表す「站」の字を敢えて書かなかった[8]。1992年1月19日午前、南巡講話によって鄧小平は再度専用列車で当駅を訪れている。

2003年に再び大規模設備改修工事を実施した[15]。工事前、駅構内には正規の店舗だけでも約100軒もの民間の店舗が乱立し、駅の秩序と待合環境に悪影響を及ぼしていた[16]。その対策として、改修工事ではまず構内店舗の整理、特に過剰に存在したサウナ・マッサージ店の排除を行い、旅客待合室の拡大を行った。数ヶ月の間に約100店舗と200枚以上もの広告看板の撤去が実施され、営業人員約3000人の整理が行われた[17]。

また一方、旅客の利便性を高めるため、改修後は1階待合室を複数の区画に分け、短距離旅客用、長距離旅客用を分離した。長距離旅客用待合室にはソファの設けられた待合室、軍人用待合室、母子用待合室などのサービス施設を増設した[18]。また、駅前広場を深圳地下鉄羅湖駅へ乗換施設の建設のために一時閉鎖した。2004年12月28日、深圳地下鉄1号線の羅湖駅が正式に開業し、これに合わせて駅の地下に乗り換えコンコースが供用開始された。2005年8月に駅と羅湖口岸を結ぶ連絡通路が開通し、同年10月にはバス、タクシー、地下鉄などに乗り換え可能な立体交通ターミナルが完成し、2年間にわたる工事が終了した。

2009年、区の環境向上計画に合わせ、広深線沿線の環境整備を実施した。駅および周辺環境の整備として、囲い壁の改修と電光掲示板の設置、地下2階の広深線用の乗り換えコンコースに新たな入口の追加、駅外観の改修などが行われた[19][20]。

駅構造

駅舎

現在供用されている駅舎施設は1990年に建設されたもので、敷地面積2.6万平方メートル、総建築面積98932平方メートル、機械工業部(中国語版)深圳設計研究院により設計された。駅舎は中国の伝統様式である四合院の構造をモチーフとし、本建築となる東駅舎、西駅舎のほか、各跨線橋部分によって構成される[21]。 東駅舎は南北長さ205メートル、奥行き30メートル、高さ53.7メートルの規模を有する。外観は銀白色のタイルを使用し、高さ28メートル・幅54メートルを有するアーチ状円形のカーテンウォール構造のガラス張りと、下部の赤い網目構造の雨よけ屋根を組み合わせた構造で、中国の深圳を象徴する国家スローガンである「国家の最初の南玄関口(中国語: 祖国第一南大门)」を表している。 駅舎正面の上部に掲げられた駅名看板は、駅舎が供用開始した当時の中国最高指導者、鄧小平によって揮毫されたものである。東駅舎は地上11階・地下2階建てで、地上1~4階は鉄道旅客用施設、5~6階は賃貸式のオフィス、7~10階はホテルである[22]。西駅舎は地下1階・地上8階建てである[21]。

広州へ向かう都市間列車の入場口は東駅舎1階南側に位置し、面積900平方メートルの乗車券発売所のスペースに有人窓口15か所が設けられている。待合室は面積1100平方メートルに400席以上を備え、1800人の旅客を収容可能である[23][24][25]。2009年には、地下鉄からの乗り継ぎを考慮した地下階にも駅入場口が供用開始された。こちらの施設としては、乗車券発売所が500平方メートル、待合室が1550平方メートルとなっている[26]。

広州へ向かう都市間列車を除く、長距離列車旅客用の入場口は、駅舎内側の建物(跨线中楼)の3階に位置し、面積9270平方メートルに待合用の座席5000席を備えている[27]。

ホーム

4面6線のホームを有する。西端の5,6番線は主に広深間都市間動車組列車(中国語版)の客扱い業務を、あとのホームは主に長距離列車の客扱い業務も担う。ホームが設置されていない線路は機関車単機の着発のほか、かつては城際直通車を中心とした香港直通列車の通過業務を担っていた[28]。 駅舎と各ホームの間は、高架待合室のほか、幅4メートルの入場通路2本、幅8メートルの出場通路1本や幅5メートルの手荷物輸送通路1本が連絡している[29][21]。

駅周辺

駅前広場の様子

隣の駅

中国国鉄
広深線(京九線)
筍崗駅(中国語版) - 深圳駅 - 羅湖駅

脚注

関連項目

外部リンク

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