渡辺伸治
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東海大相模高校では、四番打者、右翼手兼控え投手として、1981年夏の県大会決勝に進出するが、片平保彦、山中博一らを擁する横浜高に敗退し、甲子園出場を逸する。1学年先輩に宮下正彦がいた。
高校卒業後は、東海大学に進学し捕手に転向。首都大学リーグでは在学中6回優勝。大学同期の関根勝美(朝日生命)、酒井勉、2学年下の荻原満らとバッテリーを組む。1984年秋季リーグでは首位打者となり、在学中はベストナイン(捕手)を2回受賞した。
1985年のプロ野球ドラフト会議で阪急ブレーブスから3位指名を受け入団。
プロ3年目の1988年に一軍初出場を果たすが、藤田浩雅や中嶋聡の壁を破れず、一軍で捕手としての出場はなかった。1989年4月には指名打者として初の先発出場を果たす。その後も指名打者や代打、一塁手として起用され、1992年には6試合に指名打者として先発。
1993年12月、金銭トレードで広島東洋カープに移籍するが、1994年限りで現役を引退。
引退後はオリックスでスカウトを経て編成課長となる。
阪急・オリックスでの応援歌は、『タイムパトロール隊オタスケマン』の主題歌の替え歌であった(退団後、入れ替わりに入団した中谷忠己に流用)。