渡辺成綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 渡辺 成綱(わたなべ なりつな、天正19年(1591年) - 慶安3年8月5日(1650年8月31日))は、戦国時代から江戸時代初期の武将。通称彦四郎、源五左衛門。 渡辺守綱の子として生まれる[1]。母は岡部真幸の娘。慶長8年(1603年)より徳川秀忠に仕え、大坂の陣にも従軍した。元和3年(1617年)徳川家光に附属せられ、御書院番を勤め、采地300石を賜った。寛永10年(1633年)にはさらに200石を加えられた[2]。 慶安3年(1650年)8月5日死去。享年60。法名了哲[2]。 参考文献 『新訂寛政重修諸家譜 8』(続群書類従完成会 、1965年、107p) 脚注 ↑ “渡辺氏”. 2022年12月6日閲覧。 1 2 続群書類従完成会 1965, p. 107. この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles