源時通 From Wikipedia, the free encyclopedia 源 時通(みなもと の ときみち、康保2年(965年) - 没年不詳)は、平安時代中期の貴族。宇多源氏、左大臣・源雅信の子。官位は正五位下・権左少弁。 経歴 民部少輔を経て、天元5年(982年)円融天皇の五位蔵人に補せられる。永観元年(983年)民部少輔から右少弁に遷るが、永観2年(984年)円融天皇の譲位に伴い蔵人を解かれた。 花山朝では弁官のみを帯びたが、寛和2年(986年)6月に寛和の変により一条天皇が践祚すると、時通は直ちに五位蔵人に再任された。また、同年8月には右少弁から権左少弁に昇任されている。 しかし、翌永延元年(987年)5月22日に突如比叡山に登り出家した。 官歴 注記のないものは『蔵人補任』による。 時期不詳:従五位下。民部少輔 天元5年(982年) 正月10日:五位蔵人[1] 永観元年(983年) 12月13日:右少弁、元少輔 永観2年(984年) 8月17日:去蔵人(譲位) 寛和2年(986年) 6月23日:五位蔵人。8月11日:権左少弁 永延元年(987年) 5月22日:出家[2] 系譜 注記のないものは『尊卑分脈』による。 父:源雅信 母:藤原穆子 - 藤原朝忠の娘 妻:源堯時の娘 男子:源雅通 - 源雅信の養子[3] 生母不詳の子女 女子:源簾子(大納言の君) - 源扶義の養女[4] 女子:上東門院小少将(?-1013[5]) - 源扶義の養女[4] 脚注 [1]『小右記』 [2]『小右記』永延元年5月23日条 [3]『小右記』長和2年7月29日条,寛仁元年7月12日条 [4]安藤[1999: 28] [5]『紫式部集』 参考文献 安藤重和「大納言の君・小少将の君をめぐって--紫式部日記人物考証」『中古文学 63』中古文学会、1999 市川久編『蔵人補任』続群書類従完成会、1989年 飯倉晴武校訂『弁官補任 第三』続群書類従完成会、1983年 『尊卑分脈 第三篇』吉川弘文館、1987年 Related Articles