滝川利行 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期生誕 正徳2年(1712年)死没 延享元年7月7日(1744年8月14日)別名 通称:銀蔵 凡例滝川 利行時代 江戸時代中期生誕 正徳2年(1712年)死没 延享元年7月7日(1744年8月14日)別名 通称:銀蔵戒名 宗容墓所 下谷広徳寺塔頭桂徳院幕府 江戸幕府 西丸小姓組主君 徳川吉宗氏族 諏訪氏、滝川氏父母 父:諏訪頼定、母:伊奈貞長の娘養父:滝川邦房、具英兄弟 諏訪頼純、滝川利行、諏訪頼古妻 滝川邦房の娘子 具紹養女:諏訪頼暠室テンプレートを表示 滝川 利行(たきがわ としゆき)は、江戸時代中期の旗本。通称は銀蔵。 正徳2年(1712年)、旗本諏訪頼定の二男として生まれた。母は伊奈貞長の娘[1]。生家は信濃高島藩主諏訪氏の分家で700石を領する[2]。 遠縁の旗本滝川邦房(邦房の祖父・利貞の母は高島藩主諏訪頼水の娘で、利行の父・頼定の大伯母)の婿養子に迎えられ、享保13年(1728年)に養父が没すると遺領300石を相続した[1]。 元文2年(1737年)、本家筋に当たる滝川具英の養子に改めて迎えられて家督を譲られ、1200石を相続した。このとき、妻の父である邦房から相続した300石は幕府に収公された[1]。 元文3年(1738年)、西丸小姓組に番入りするが、延享元年(1744年)に死去した。享年33。家督は邦房の娘との間の子である具紹が継いだ[1]。 脚注 1 2 3 4 『寛政重脩諸家譜. 第3輯』國民圖書, 1923, p. 427-428. ↑ 『寛政重脩諸家譜. 第2輯』國民圖書, 1923, p. 974-975. Related Articles