激突! 合気道

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激突! 合気道』(げきとつ! あいきどう、The Decisive Power of Aikido)は、1975年日本映画監督小沢茂弘製作東映カラーシネマスコープ、82分。千葉治郎の初主演作品[1][2]

概要 激突! 合気道, 監督 ...
激突! 合気道
The Decisive Power of Aikido
監督 小沢茂弘
脚本
ナレーター 酒井哲
出演者
音楽 津島利章
撮影 塚越堅二
編集 神田忠男
製作会社 東映
配給 東映
公開 日本の旗 1975年11月22日
上映時間 82分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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概要

植芝盛平(千葉治郎)が合気道を編み出すまで、厳しい修業と戦いを描く物語[1][2]。植芝に好意的だったが、兄が負かされたので決闘をすることとなる唐手家千葉真一を配し、クライマックスは千葉兄弟が激しく強烈かつスリリングに武闘を展開している[3]。小沢茂弘は真一主演の『殺人拳シリーズ』で格闘作品を撮っている経験を活かし、本作を演出した。

海外ではSonny Chibaの知名度が高いので、本作は千葉真一主演作として公開・媒体販売がされている。

あらすじ

幼少の頃から起倒流柔術を身につけていた植芝盛平は、1912年明治45年)に北海道へ開拓団の団長として渡った。開村するかたわら武道の修業に明け暮れていた盛平は、様々な武道家と戦うことで、自身の腕を磨いていく。

キャスト

スタッフ

※監督を除き、クレジットタイトル順。

製作

東映京都撮影所で製作[1]渡瀬恒彦の主演でクランクインしたが、1975年(昭和50年)8月半ばに渡瀬は肝臓病を患い、ドクターストップが掛かってしまう[1][2]。自宅静養を続けていたものの復帰は見通せず、千葉治郎を主役に昇格し、撮影を一からやり直すこととなった[1][2]。同年9月30日から再開されるにあたり、主要キャストの変更も行われ、兄・千葉真一は弟・治郎の支援をし、志穂美悦子井上誠吾・斉藤一之らジャパンアクションクラブ (JAC) のメンバーを引き連れて友情出演をしている[1][2]。『仮面ライダー』で子供たちの人気を集めていた治郎だったが、映画初主演について「いつも兄と比較されて損ばかりしていたが、これをチャンスに兄から独立して一本立ちするつもりです。代役とかそんなことにはこだわらない」と意気込んでいた[2]。真一は「実際にケンカをしたら、治郎の方が強いからね」とエールを送っている[1]

渡瀬恒彦は主役を降りたことについて「アクション作品は好きだけど『極悪拳法』以降、格闘作品に飽きていた。カラテ映画の亜流である本作の話が来て、医者に嘘の診断書を書いてもらい『やれない』と伝えた」と後年、発言している[4]小沢茂弘は渡瀬の出演を1日だけにし、役柄を居合術の使い手に替え、ワンシーンのみの出演をさせた[4]。渡瀬に日本刀を実際に振らせている小沢だが、竹光ではなく本身(日本刀)を持たされると渡瀬は想定し、東映剣会道場で練習していたと述懐している[4]。翌年の小沢が監督した『女必殺五段拳』で、渡瀬は格闘作品に復帰を果たした。

脚注

外部リンク

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