烏枢沙摩明王
密教における明王の一尊
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概説
『大威力烏枢瑟摩明王経』などの密教経典(金剛乗経典)に説かれる。明王の一尊であり、天台宗に伝承される密教(台密)においては、明王の中でも特に中心的役割を果たす五大明王の一尊に数えられる[6]。
中国密教においては「穢跡金剛」とも呼ばれ、不浄や罪障、邪気を焼き尽くして清浄を回復する仏とされ、『大威力烏枢瑟摩明王経』や『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』などの経典にその功徳と修法が詳述される。日本では平安時代以降に密教とともに伝来し、真言宗・天台宗などの密教諸派では護摩や加持祈祷の本尊とされ、除穢・息災・増益・敬愛・調伏に加え、求児・安産・富貴など多岐にわたる祈願に用いられた。
また、浄土宗では『放生慈済羯磨儀軌』に則り、この烏枢沙摩明王を祀って放生会を執り行う[7]。
不浄を転じて清浄となす働きを持ち[8]、憤怒尊として炎に包まれている[8]。これらの特徴により、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする幅広い解釈によって、あらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。その性質から「不浄潔金剛」とも呼ばれ、「火頭金剛」と同一視された。
名称解釈と性格
唐代の慧琳『一切経音義』では、「この尊者は、深く清浄な大悲に基づいて穢れを避けず、悪を伏滅する偉大な力を持つ光によって衆生を救い護って下さるが、それはまるで猛しい火で煩悩、誤った見解、汚れと清浄・生成と消滅とを分別する心を焼き除くかのようであるために除穢という。」と記されている。[9]。しかし、「密教大辞典」によれば、サンスクリット *Ucchuṣma* の正訳は「混雑・錯乱」であり、「浄と不浄を差別しない」という烏枢沙摩明王の性格に由来すると解釈する。[10]。
単に不浄を清浄とするというだけでなく、不浄に触れることを厭わず、その中に入り込んで衆生を救済する仏であることが経典中では強調される。
『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』には、
- 「無問淨與不淨,隨意驅使。我當隨從滿一切願。」[11]
とあり、浄・不浄を問わず行者の願いを成就すると誓う。
また、『大威力烏枢瑟摩明王経』にも、
- 「烏芻瑟麼明王教法,不拘淨穢,恒示忿怒相。」[12]
と明記され、清浄・不浄を問わないことが記されている。
功徳

烏枢沙摩明王は不浄を焼き尽くし清浄に転じる存在であると同時に、病気平癒、豊穣、降雨、財宝獲得、怨敵調伏、相愛成就など多方面にわたる利益を与える存在として信仰された。安産祈願や解穢のために修される「烏枢沙摩明王法」の本尊とされ、密教経典では、除穢以外にも広範な功徳が説かれている。
代表的な経典としては、次の二つがある。
- 『大威力烏樞瑟摩明王経』(大正新脩大蔵経第21巻・番号1227、三巻本) — 烏枢沙摩明王を本尊とし、息災・増益・敬愛・調伏など四事業の修法を説く根本経典。
- 『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』(大正新脩大蔵経第21巻・番号1228) — 烏枢沙摩明王の別名「穢跡金剛」に関する陀羅尼と、具体的な呪法・祈祷の利益を集成した経典。
これらの経典では、烏枢沙摩明王の功徳が具体的に列挙されている。
- 産生(求児・安産) — 「若粳米和牛蘇,進火中十萬遍,生有相之子」(粳米と牛酥を和し、火中に十万遍投じれば、相好具足の子を得る)と記され、求児・安産の祈願に用いられた。[13]
- 病患の除治 — 「欲救療萬病者,見有病者治之有驗」「若治邪病者,取上等蘇蜜和合…病除差」など、あらゆる病・虫毒・精魅を癒す修法が複数説かれる。[14]
- 渇水の救済(出水) — 「若欲令枯泉出水者…水如車輪涌出」とあり、枯れた泉から水を湧出させる法。[15]
- 枯木の再生 — 「若欲令枯樹生枝葉者…即生華果」とあり、枯れた木に葉や花・実が再び生じると説く。[15]
- 毒蛇・蠱毒の制御 — 「諸惡鬼神毒蛇蝎猛獸等毒以滅」と記す。[15]
- 悪鬼・夜叉の降伏 — 「一切夜叉羅剎皆來現,共行法人語,請求與人先為侍者」とあり、鬼神や夜叉を服属させ、守護者とする。[15]
- 怨敵の和解 — 「惡人來降伏者,降伏捨怨憎之心」とあり、怨敵を和解させる。[15]
- 相愛(敬愛成就) — 「相憎人令相愛敬者…其人便相愛重」とあり、互いに憎み合う者を仲直りさせる。[15]
- 智恵(弁才) — 「當為彼人發大誓願…辯才無滯」とあり、弁才と智慧を得るとされる。[15]
- 富貴(財宝の得) — 「種種珍寶摩尼如意珠…滿其所願」とあり、財宝・富貴の成就が説かれる。[15]
また、この明王は、(妊娠した人の)胎内にいる女児を男児に変化させる力を持っていると言われ、男児を求めた平安時代の公家に広く信仰されてきた[16]。
烈火をもって不浄を浄化することから、寺院の東司(便所)に祀られていることも多い[17]。
伝承
『穢跡金剛霊要門』では、釈尊が涅槃に入ろうとした時、諸大衆諸天鬼神が集まり悲嘆している中、蠡髻梵王のみが天女との遊びにふけっていた。そこで大衆が神仙を使って彼を呼んだが、慢心を起こした蠡髻梵王は汚物で城壁を作っていたので近づくことが出来なかった。そこで釈尊は神力を使って不壊金剛を出現させた。金剛は汚物をたちまちに大地と変えて蠡髻梵王を引き連れてきた。そこで大衆は大力士と讃えた。
異名・別称
烏枢沙摩明王は、経典・密教儀軌や後世の注釈書で複数の異名・同体視が行われている。
- 穢跡金剛(えじゃくこんごう) — 『穢跡金剛説神通大満陀羅尼法術霊要門』に説かれる尊で、烏枢沙摩明王と同体とされる。穢れ(不浄)を跡形なく滅する金剛としての性格を強調する名。
- 火頭金剛(かとうこんごう) — 「火焔の頭を持つ金剛」の意。火炎で不浄を焼き尽くす姿を表す異名。
- 穢積金剛(えしゃくこんごう) — 「積もった穢れを滅する金剛」の意で、穢跡金剛とほぼ同義の呼称として用いられる。
- 不浄潔金剛(ふじょうけつこんごう) — 「不浄を清める金剛」の意。中国の儀軌や陀羅尼集成で確認される名称。
これらの呼称はいずれも、不浄や罪障を焼き尽くし、世界を清浄ならしめる烏枢沙摩明王の性格を表している。

