伝馬 (名古屋市)
名古屋市熱田区の地名
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地理
歴史
町名の由来
愛知郡伝馬町を前身とする。古くは「宿(しゅく)」「今道(いまみち)」と呼ばれた地域で、上知我麻神社の旧地[注釈 2]から裁断橋までの地域を指した。旧東海道沿いにあるため、慶長3年(1601年)に「宿」と隣接する「今道」が共に伝馬役に任命され、それを機に両者を合わせて「伝馬町」と称するようになったという[3][4]。
旧称である「宿」「今道」は、いずれも中世から確認できる地名である[5]。「宿」は文明4年(1479年)付の笠覆寺売券に「あったの宮 宿之又四郎」とある[5]。「今道」は鎌倉期の『本朝文粋』巻二紙背文書に見える「神戸郷内今村」のことと推定され、中世には愛知郡神戸郷の一部であったらしい[5]。
行政区画の変遷
伝馬町
- 1871年(明治4年)- 築出町・填川町・地福寺町を伝馬町に編入。
- 1878年(明治11年)12月28日 - 愛知郡熱田村の一部より、伝馬町が分離成立[6]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、愛知郡熱田町大字伝馬となる[6]。
- 1907年(明治40年)6月1日 - 熱田町が名古屋市に編入され、同市熱田伝馬町に改称[6]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 行政区新設に伴い、南区所属となる[6]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 行政区再編に伴い、熱田区所属となる[6]。
- 1939年(昭和14年)12月15日 - 熱田伝馬町を伝馬町へ改称[6]。
- 1940年(昭和15年)7月1日 - 熱田東町の一部を編入[6]。
- 1944年(昭和19年)2月11日 - 一部が瑞穂区に編入され、瑞穂区伝馬町が成立[6][注釈 3]。
- 1958年(昭和33年)1月16日 - 熱田区伝馬町の一部が南区に編入され、南区伝馬町が成立[7]。熱田区伝馬町と瑞穂区伝馬町との間で境界を変更[6]。
- 1960年(昭和35年)3月20日 - 瑞穂区伝馬町の一部が同区浮島町となる[8]。
- 1981年(昭和56年)9月20日 - 熱田区伝馬町が同区神宮二・四丁目、伝馬一丁目から三丁目となり消滅[6]。
- 1985年(昭和60年)11月3日 - 南区伝馬町が同区内田橋二丁目となり消滅[7]。
- 1990年(平成2年)11月5日 - 瑞穂区伝馬町が同区浮島町に編入され消滅[8]。
伝馬
史跡
- 裁断橋跡
字一覧
かつて伝馬町には小字が存在した。1882年時点で伝馬町に存在した小字は以下の通り[9]。小字はすべて消滅している。
| 字 | 読み | 備考 |
|---|---|---|
| 宿今道 | しくいまみち | |
| 築出 | つきだし | |
| 埋川 | うめかわ | |
| 海道 | かいとう | |
| 地福寺 | じふくし |
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 伝馬一丁目 | 全域 | 名古屋市立白鳥小学校 | 名古屋市立宮中学校 | 尾張学区 |
| 伝馬二丁目 | 全域 | |||
| 伝馬三丁目 | 全域 |
