爆発物取締罰則
日本の法律
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解説
制定時の社会情勢としては、自由民権運動急進派による事件(加波山事件など)が続発していた時期であり、警察官に対しても爆発物が使用されるという背景があった。また、当時のヨーロッパで同種の立法の動きがあり、本罰則は1883年にイギリスで制定されたExplosive Substances Actを参考にして制定されたとされている[要出典]。
大日本帝国憲法施行前、太政官布告として制定されており、帝国議会または国会の議決を経た法律ではないが、大日本帝国憲法施行の際に法律と同様の効力を有するものとして取り扱われ(同憲法76条1項)、法律による改正も経ていることから、日本国憲法の下でも法律としての効力を保有しているものと解されている(最判昭和34年7月3日刑集13巻7号1075号)。 本布告が規定する犯罪は基本的に公共危険罪として位置づけられるが、後述するとおり行政犯的な性格を有する規定もある。
本布告にいう爆発物については「理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資材が結合する物体であって、その爆発作用そのものによって公共の安全をみだし、または人の身体財産を害するに足る破壊力を有するもの」を指すと解されている(最判昭和31年6月27日刑集第10巻6号921頁)。
太平洋戦争(大東亜戦争)での日本の敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)から日本政府に対して「人権指令」が指示され、治安維持法や治安警察法が廃止されたため、日本政府は代替措置として冬眠状態にあった爆発物取締罰則の第1条などを治安維持法の代わりとして使用し、政府に批判的な社会運動の取締りに当たった[4]。
テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約の効力発生とともに、国外犯についても適用されることとなった。なお、火炎びんはこの法律にいう爆発物に該当しないとされて、1972年に火炎びんの使用等の処罰に関する法律が制定された[5]。
直近では放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律の制定に伴い、2007年に改正されている。
公共危険罪としての類型
行政犯としての類型
7条の爆発物不告知罪、8条の爆発物犯罪不告知罪は、発見者・認知者に対する告知義務を課し、それを尽くさない不作為を処罰しようとするものであり、いずれも行政犯的な性質を有する犯罪類型である。なお、7条違反の罪は条文上は100円以下の罰金となっているが、罰金等臨時措置法2条の規定により、2万円以下の罰金となる。
その他、6条が、3条に規定する爆発物使用予備罪について「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的」がないことの挙証責任を被告人側に負わせ、その証明ができなかった場合は3条に規定する罪の法定刑より軽い法定刑の範囲で処罰される旨規定している。つまり、両者の適用関係は以下のとおりとなる。
- 上記目的が存在すると証明されたときは、3条の罪が成立
- 上記目的が存在するか否か真偽不明のときは、6条の罪が成立
- 上記目的の不存在が証明されたときは、3条の罪も6条の罪も不成立
このような特殊な規定が設けられた趣旨については、その目的が不明なまま爆発物の製造・所持等がされている場合は、それ自体周辺地域に不安感を与える恐れがあるためという説明がされている。