牛裂き 被処刑者の両手両足を複数のウシの角につないだのちウシに負わせた柴に火を点け、暴れるウシをバラバラに走らせて身体を引き裂くことで死に至らしめる処刑方法 From Wikipedia, the free encyclopedia 牛裂き(うしさき、うしざき)は、戦国時代から江戸時代初期にかけて行われた死刑の方法である。 牛裂きの刑 概要 罪人の両手、両足と、2頭または4頭のウシの角とを縄でつないだのち、ウシに負わせた柴に火を点け、暴れるウシを2方または4方に走らせて罪人の身体を引き裂き、死に至らしめる処刑法である。 美濃の斎藤道三[1]、会津の蒲生秀行などが領内の罪人にこの刑を科したが、保科正之の時代となり、釜茹刑と共に廃止された(「保科正之#政策」内の「藩政」を参照)。 『倭訓栞』に、「堺にて切支丹の咎人を刑せしに一人此刑にあふ云々」とある。『家康公御遺訓百箇条第二十一条』に、「牛裂、釜煎(かまいり。釜茹で)等の厳刑は将軍家之不及行処也」とある。 『加賀藩刑事記録索引』によれば元和8年(1622年)、持筒足軽が「衆道(男色)ノ事ニテ」牛裂きに処された。 脚注 [1]軽微な罪の者でも、牛裂きや釜茹で刑にし、罪人の妻や親や兄弟に釜を焚かせた。和田裕弘『信長公記-戦国覇者の一級資料』(中公新書、2018年)p.39. 関連項目 死刑 - 八つ裂きの刑 徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑 - 1976年公開の日本映画。本項目をテーマに制作された。 墨攻 三好長治#逸話 庶孽党#七庶獄事 - 1618年 北条時子#蛭子伝説 - 時子の侍女が処されたとされる。ただし時代的に後代の伝説。この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles