牧庵集

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牧庵集』(ぼくあんしゅう)は、14世紀に成立した元代姚燧による文集。題名は姚燧が牧庵と号したことに拠る。全36巻。

著者の姚燧は柳城県の出身で、武昌に移り住んだ人物であった[1]。元代初期の政府高官である姚枢の従子で、著名な文人の許衡に学び文筆家として名声を得ていた[1]

姚燧の文集は一度泰定年間(1324年-1327年)に発刊されたが、不完全で誤りも多かったため、門人の劉時中が編集したものが至順3年(1332年)に改めて発刊された[1]。これは古賦3篇・詩222篇・序38篇・記53篇・碑銘墓誌140篇・制誥58篇・伝2篇・賛15篇・説11篇・祝冊10篇・雑著13篇・楽府124篇、計689篇から成る50巻本であったと伝えられる[1]

しかし、この50巻本は早くに散逸し、現在の『牧庵集』は『四庫全書』編纂時に『永楽大典』から抜粋した文章を纏めた武英殿聚珍版本が用いられている[1]。『元史』に収録されていない貴重な史料を多数含んでいることから史料的価値は高いが、現行の『牧庵集』は『四庫全書』編纂時に非中華圏の固有名詞が改変されているという問題点を有する[1]。例えば、「帖木児(テムル)」は「特穆爾」に、「答失蛮(ダシュマン)」は「達実密」に全て置き換えられており、時には元の漢字表記が全く不明な場合もあるため、取り扱いには注意が必要である[2]

内容

脚注

参考文献

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