牧野和子 (漫画家)

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本名 後藤 和子
生誕 (1947-04-12) 1947年4月12日(78歳)
日本の旗 愛知県豊橋市
職業 漫画家
活動期間 1967年 -
まきの かずこ
牧野 和子
本名 後藤 和子
生誕 (1947-04-12) 1947年4月12日(78歳)
日本の旗 愛知県豊橋市
職業 漫画家
活動期間 1967年 -
ジャンル 少女漫画
代表作 『ハイティーン・ブギ』
受賞 1974年:第3回日本漫画家協会賞 優秀賞(『あの娘はだあれ!?』)
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牧野 和子(まきの かずこ、本名:後藤和子[1][2][3]1947年昭和22年〉4月12日[2][3][1] - )は、日本の漫画家[1]。女性[1]血液型はA型。出生地は愛知県豊橋市で、豊橋商卒業[4]千葉県我孫子市在住(1992年時点[2])。

実兄は同じく漫画家の牧野圭一、夫は漫画原作者後藤ゆきお(本名:後藤幸男[5][1][3][2]。息子は、漫画家、後藤ゆうた

小学生のころから、油絵彫刻をしていた兄・圭一に影響され漫画を描いていた。プロになろうと決意したのは中学一年生の時で、芸大受験のために上京していた圭一が動画関係の仕事をするのを見て、将来自分も絵に関する仕事をしたいと決心する。本格的な漫画の原稿を描き始めたのは高校時代。クラスの漫画好き同士と我流の見よう見まねで描いてはクラスの人々に見せていたという。自分達ではうまいつもりで得意がっていたが、同じ高校生で抜群に絵のうまい人物がプロに登場、その人物こそが里中満智子であった。牧野にとって里中は憧れの存在であった。ある時、講談社へ持ち込みに行った際に、担当の編集者に里中のアシスタントを進められ、里中のアシスタントとなる。わずか2か月で独立するが、この間に牧野は里中から数多くの事を学んだという[3]

独立後は1967年、『別冊少女フレンド』(講談社)2月号に掲載された『ゆうこのあこがれ』でデビュー(なおこのデビュー作も、里中から助言を得て手直ししたと語っている[3])。その後も少女漫画雑誌で活動し、1974年には『あの娘はだあれ!?』で第3回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞[2]

1977年からプチコミック(小学館)に連載された『ハイティーン・ブギ』は大ヒット作となり、単行本累計発行部数が「まもなく一千万部になる」と作者・牧野本人が語っている(1987年3月訪問時点[3])。この作品を発表した頃から、牧野は暴走族などをテーマにした少女漫画を執筆するようになる。またこの作品は1982年近藤真彦主演で実写映画化もされた(当該項目を参照)。夫・後藤ゆきおとの共筆も多い(夫もかつて「ごとうゆきお」名義で漫画家活動をしていたので、背景画を担当[2][3])。

編集委員会の委員長を石ノ森章太郎が務めた『日本漫画家名鑑500』にて、『ハイティーン・ブギ』・『おっきくな〜れ!!』・『なんたって18歳!』・『あの娘はだあれ!?』の4作品の書影を代表作として掲載している(1992時点[2])。

作品リスト

脚注

参考文献

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