玄輝門 From Wikipedia, the free encyclopedia 平安京内裏諸門図 京都御所の玄輝門 玄輝門(げんきもん)は、平安京内裏の内郭門の1つ、または京都御所の門の1つ。「玄暉門」「宮北面僻仗内門」ともいった。 平安宮内裏内郭の北正面にあり、外郭の朔平門と相対する。大きさ3間、檜皮葺あった。東に安喜門[1]、西に徽安門があり、これらを左右廂門といった。 門の左右北方に東西の仗舎、南方に左右次将(近衛府のスケ、近衛中将・少将)、左右兵衛佐、左右将監(近衛府のジョウ)の宿所があった。 二宮大饗においては、この門の西廂で中宮の、東廂で東宮の饗宴を受けて禄を賜るならわしであった。 関連項目 洞院愔子:伏見天皇の生母となったため院号宣下により「玄輝門院」を称した。 三条有子:後堀河天皇の皇后として立后され院号宣下により「安喜門院」を称した。 寿子内親王:花園天皇の皇女。光厳天皇の皇后として立后され院号宣下により「徽安門院」を称した。 脚注 ↑ 石村貞吉 嵐義人 校訂『有職故実 上』 講談社学術文庫 ISBN 978-4061588004、164pには安嘉門と書かれているがこれは誤りである(安嘉門は内裏外郭十二門の一つ)。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles