玉寿司
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築地玉寿司本店 | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | 非上場 |
| 略称 | 玉寿司 |
| 本社所在地 |
〒104-0045 東京都中央区築地2-11-26 築地MKビル3F 北緯35度40分08.6秒 東経139度46分19.4秒 / 北緯35.669056度 東経139.772056度座標: 北緯35度40分08.6秒 東経139度46分19.4秒 / 北緯35.669056度 東経139.772056度 |
| 設立 | 1965年3月(創業:1924年3月) |
| 業種 | 飲食業(寿司店) |
| 法人番号 | 1010001049514 |
| 事業内容 | 寿司調理販売(江戸前にぎり寿司) |
| 代表者 | 中野里陽平(代表取締役社長) |
| 資本金 | 3,000万円 |
| 従業員数 | 530名(2024年3月現在) |
| 支店舗数 | 32店舗[1] |
| 外部リンク | https://www.tamasushi.co.jp/ |
株式会社玉寿司(たますし、英: Tamasushi Co., Ltd.)は、東京都中央区に本社を置く、寿司店チェーンを展開する企業。一般的には「たまずし」とも呼称される[2]。1924年(大正13年)創業。
沿革
- 1924年(大正13年)3月 - 初代・中野里栄蔵が、東京・築地の現在地に「玉寿司」を創業[10][11]
- 1945年(昭和20年)
- 1948年(昭和23年) - 中野里栄蔵の妻、二代目・中野里ことが、築地にて営業を再開[8][14][15]
- 1965年(昭和40年)
- 1971年(昭和46年) - 銀座コアに店舗を開く[3][16]
- 2005年(平成17年)
- 2017年(平成29年)
- 2月 - 中野里ことを題材にした舞台「こと~築地寿司物語~」上演[19]
- 社内研修制度「玉寿司大学」を開始[4][6]
- 2022年(令和4年)5月 - 新型コロナウイルス感染症による中断を経て、舞台上演を再開[20]
- 2024年(令和6年)3月 - 創業100周年[2][21]
玉寿司の歴史
日本初の女性寿司店店主
1948年に二代目・中野里ことが築地で営業を再開したが当時は女性店主が稀な時代で、当初は自ら板場に立つことも志したが、職人ではないゆえの苦労に直面した。その後、番頭と板前を迎え入れて経営と接客に専念する体制を築いて再興させた。その経緯から「日本初の女性寿司店店主」や「日本初の女板前」として紹介される[11][22][23]。
明朗会計システム
1970年代当時、特に都心部では魚介の仕入れ価格に応じて提供価格が変動する「時価」での販売が一般的だった[3][11][10]。銀座コア店開店に際して、全メニューの価格明記を開始[2][14]。仕入れ価格の変動リスクを自社で吸収し、消費者が事前に支払額を把握できる仕組みを構築した[3][24]。
手巻き寿司
1971年(昭和46年)、円錐形の「末広手巻き(手巻き寿司)」を発明した[2][11]。片手での持ち歩きやすさを考慮した形状であり、この形式により手巻き寿司が一般に普及したとの見方がある[7][14][25]。
寿司にぎり体験
2010年(平成22年)から寿司にぎり体験を提供[注釈 1]。参加者は実店舗のカウンターに立ち、白衣や職人帽を着用して体験ができる[26][27]。
玉寿司大学
2017年(平成29年)に従来の徒弟制度をやめて社内研修精度「玉寿司大学」を開始[4]。従来の寿司業界における徒弟制度では長期間を要した技術習得のプロセスを体系化し、通常3年とされる修行内容を3ヶ月間の研修プログラムとして実施[5][28]。
