王楚欽
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| 王楚欽 |
獲得メダル |
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王楚欽(おう・そきん[3]、ワン・チューチン、簡体字:王 楚钦、2000年5月11日 - )は中国の卓球選手。アルゼンチンのブエノスアイレスで開催された2018ユースオリンピックで男子シングルスと混合ダブルスの金メダルを獲得した。
2018年5月、世界選手権男子団体で優勝し、世界選手権および三大大会で初めての金メダルを獲得した。
2019年4月、世界選手権男子ダブルスで馬龍と組んで優勝し、個人戦初めての金メダルを獲得し世界選手権2冠とした。
2019年、試合中の問題行動(ラケット投げ)を巡って、中国卓球協会から3か月の大会出場停止処分を課された[4]。
2021年5月、東京オリンピックの中国代表チームの補欠に選ばれた[5]。
2021年11月の世界選手権では初めて3種目に出場し、混合ダブルスでは孫穎莎とともに初優勝を果たし世界選手権3冠とした。樊振東と組んだ男子ダブルスは準々決勝でダブルスはスウェーデンのペアに2−3で敗れベスト8、男子シングルスは4回戦で樊振東に2−4で敗れベスト16止まりで、ダブルスは2大会連続のメダルを、シングルスは初のメダル獲得を逃した。
2022年4月、先輩の梁靖崑と歌手の邵帥とのユニット曲 「吉林的风吹过唐山吹到了河南」 をリリース。
2022年10月、4年ぶりに開催された世界選手権男子団体で、主力として中国の10連覇に貢献し、自身は2連覇を達成。世界選手権4冠となった。
2023年5月、世界選手権混合ダブルスで孫穎莎とともに2連覇を達成。さらに男子ダブルスで樊振東とともに優勝し、個人として2度目の優勝。男子シングルスでも準決勝でシングルス3連覇を達成している馬龍を4−1で破り初の決勝に進出するが、決勝で前回王者の樊振東に2−4で敗れ準優勝に終わり、3冠達成とはならなかったが世界選手権6冠とした。
2023年7月4日、これまで3年近く世界ランク1位だった樊振東を抜き、初めて1位となるが、翌週2位に戻る。
2023年10月10日、再び樊振東を抜き、世界ランク1位となるが、2週間後に再び2位に戻る。
2023年12月、初めて開催された混合団体ワールドカップで優勝し、初代王者になった。また、初めてワールドカップのタイトルを獲得し三大大会7冠とした。
2024年1月、WTTファイナルズドーハで樊振東をストレートで下し男子シングルス優勝。
2024年2月、世界選手権男子団体で、中国の11連覇に貢献し、自身は3連覇を達成。世界選手権7冠、三大大会8冠とした[要出典]。
2024年3月、シンガポールスマッシュ男子シングルス、混合ダブルス優勝。
2024年3月19日、樊振東を抜き、3度目の世界ランク1位となる。
2024年4月、4年ぶりに開催されたワールドカップ男子シングルスに初出場。準決勝で同国の先輩で相性が良い馬龍にまさかのストレート負けを喫するも、ベスト4で銅メダルを獲得。
2024年5月、サウジアラビアスマッシュ混合ダブルス、男子ダブルス、男子シングルスで優勝し3冠を達成。
2024年7月、パリオリンピックにてペアの孫穎莎とともに中国史上初の混合ダブルス金メダルを獲得。第1シードで臨んだ男子シングルスは2回戦でスウェーデンのモーレゴードに敗れベスト32に終わるも、男子団体では馬龍、樊振東と共に中国の団体5連覇に貢献し、2冠を達成。三大大会10冠に到達する。
2024年10月、チャイナスマッシュ男子ダブルス優勝。
2024年12月、混合団体ワールドカップで2連覇を達成。ワールドカップ2冠、三大大会11冠とする。
2024年12月、WTTファイナルズ福岡の男子シングルスを優勝し3連覇を達成。
2025年2月8日、昨年優勝したシンガポールスマッシュ男子シングルスでは、準決勝で先輩の梁靖崑に敗れベスト4に終わったものの、後輩の林詩棟と組んだ男子ダブルスでは優勝した。
2025年2月11日、シンガポールスマッシュを優勝した林詩棟に抜かされ、約11ヶ月ぶりに世界ランク1位から陥落する。
2025年2月23日、アジアカップ男子シングルスで約2週間前に敗れた梁靖崑にリベンジを果たし、初優勝。
2025年4月、ワールドカップでは、準決勝でブラジルのカルデラノにフルゲームの末敗れるも、2大会連続の銅メダルを獲得。
2025年5月、世界選手権混合ダブルスで孫穎莎とともに王濤/劉偉ペア以来史上2ペア目30年ぶりの3連覇を達成。さらに、第2シードで臨んだ男子シングルスで初優勝を果たし、中国史上初の左利きの世界王者となった。2冠獲得により世界選手権9冠とし、フェレンツ・シド、イヴァン・アンドレアディスといった70年程前の名選手や、馬琳、王皓、樊振東ら同国の先輩に並ぶ男子歴代8位タイとした。また、三大大会13冠としてボフミル・バーナに並び男子歴代10位タイとした。
2025年7月、USスマッシュ男子シングルス優勝。
2025年9月16日に発表された世界ランキングでWTTチャンピオンズマカオ優勝のポイント加算によって9425ptとなり林詩棟の9375ptを50ptの僅差で抜かし、約7ヶ月ぶりに世界ランク1位を奪還する。
2025年10月、チャイナスマッシュ混合ダブルス、男子ダブルス、男子シングルスで優勝し、自身2度目の3冠を達成。
2025年10月7日に発表された世界ランキングでチャイナスマッシュのポイントが加算され、10900ptとなり現行制度において男子史上初めて1万ptを突破した選手となった[6]。
2025年11月25日に発表された世界ランキングで昨年のWTTファイナルズのポイントが失効し9925ptとなり、1ヶ月3週間ぶりに1万pt陥落となった[7]。
2025年11月から12月にかけて行われたワールドカップ混合団体で中国の3連覇に貢献し、ワールドカップ3冠とする。また三大大会14冠とし、5月に並んだボフミル・バーナを抜き、男子歴代単独10位に浮上した。
2025年12月、男子シングルス4連覇がかかったWTTファイナルズ香港では、準決勝まで進出するも、背中の痛みにより準決勝を棄権し、4連覇を逃した。孫穎莎との混合ダブルスは決勝まで進み、準優勝を飾った。
2026年2月、2026年初戦となったアジアカップで2連覇を達成。
2026年2月から3月にかけて行われたシンガポールスマッシュでは男子シングルス2年ぶり2度目の優勝[8]。
2026年3月2日に発表された世界ランキングでシンガポールスマッシュのポイントが加算され、自身が持つ最多記録を325pt更新する11225ptとなり、2度目の1万pt突破、そして初めて1万1000ptを突破した男子選手となった[9]。
2026年3月、昨年優勝したWTTチャンピオンズ重慶では、準々決勝で松島輝空に敗れベスト8止まり。2026年シーズン初敗北となり、アジアカップからの連勝は15でストップしたものの、ランキングポイントは10750ptと1万pt以上をキープした[10]。
2026年3月30日から4月5日まで行われたワールドカップでは2年ぶりの第1シードとして出場。予選を全勝で勝ち上がり、1回戦では世界ランク6位のフェリックス・ルブランを4-2で下した。準々決勝ではダルコ・ヨルジッチに1-3と追い込まれるがそこから3ゲーム連取で勝利。3大会連続のメダルを確定させた。準決勝では昨年敗れた世界ランク3位・前年王者ウーゴ・カルデラノに4-1で勝利。3度目の挑戦にして初の決勝進出を決めた。決勝では約3週間前に敗れた松島輝空に2-3とリードを奪われるも、最後は2ゲーム連取で初優勝。ワールドカップ4冠とした。さらに三大大会15冠としミクロシュ・サバドスに並ぶ男子歴代9位タイとした[11]。
2026年4月6日に発表された世界ランキングでワールドカップのポイントが加算され、自身が持つ最多記録を500pt更新する11725ptとなり、2位のトルルス・モーレゴードを約5000ptも引き離すことになった[12]。