川柳の「誹風柳多留」第20篇に「やきながら女房のたべる甘露梅」[1]とある。「吉原大全」には「甘露梅は松屋庄兵衛手製しはじむ、昆布巻は近江や権兵衛製し出す、漬菜は洲崎や久兵衛製し初め也。此三品は中の丁の名物として、今は一同茶屋より配り物となりぬ」[2]とある。国民百科大辞典は赤堀又次郎説として、「其製法、原料は梅の実、核を取去り、肉を数片に切り、紫蘇の葉に包み、梅酢に漬け、甘味をもたせる。核のない紫蘇まきの梅干に似たもの。梅干は柔かで歯ぎれがせぬ、甘露梅は永くおきてもはぎれがする、其はぎれが即ちこの品のいのち」としている[3][4]。毎年5月中旬に作り、それを翌々年のお年玉として客に配られた。