生田邦夫
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| 生田 邦夫 いくた くにお | |
|---|---|
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内閣府地方創生推進室より公表された肖像 | |
| 生年月日 | 1948年2月27日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2024年11月25日(76歳没) |
| 死没地 |
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| 出身校 | 大阪医科大学医学部 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) (無所属→) 自由民主党 |
| 称号 |
従五位 旭日小綬章 |
| 公式サイト | 生田くにお |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2020年11月7日 - 2024年11月6日 |
| 在任期間 | 2019年5月10日 - 2020年4月28日 |
| 在任期間 | 2018年4月25日 - 2019年5月10日 |
| 選挙区 | 湖南市選挙区 |
| 当選回数 | 5回(補選含む) |
| 在任期間 |
2007年4月30日 - 2012年7月30日 2014年7月15日 - 2020年9月15日 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2000年3月1日 - 2004年2月29日 |
生田 邦夫(いくた くにお、1948年〈昭和23年〉2月27日[1] - 2024年〈令和6年〉11月25日[2])は、日本の政治家、医師。滋賀県湖南市長(1期)、滋賀県議会議員(4期)、甲西町議会議員(1期)、 生田病院理事長を務めた[3]。
三重県阿山郡玉滝村(阿拝村、阿山町を経て、現伊賀市)出身[2]。三重県立上野高等学校を経て、1974年(昭和49年)3月、大阪医科大学医学部卒業。2000年(平成12年)、甲西町議会議員に初当選[4]。
2007年(平成19年)4月、滋賀県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選した。
2012年(平成24年)10月14日に行われた湖南市長選挙に立候補するも、現職の谷畑英吾に破れた[5]。
- 2012年湖南市長選挙
※当日有権者数:41,813人 最終投票率:49.98%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 谷畑英吾 | 46 | 無所属 | 現 | 10,769票 | 52.1% | - |
| 生田邦夫 | 64 | 無所属 | 新 | 9,894票 | 47.9% | - |
2014年(平成26年)7月4日告示、7月13日執行の県議選補選に立候補し、無投票により3期目の当選を果たす。
2018年(平成30年)から副議長[6]、2019年(令和元年)から議長を歴任[7]。
2020年(令和2年)9月15日、任期満了に伴う湖南市長選挙へ立候補するため県議を辞職。
同年10月11日告示、10月18日執行の市長選に、新庁舎整備計画の見直し、中学生以下の医療費無償化などを公約に掲げ立候補。無投票により初当選した[8]。
2024年1月29日、未明に、自身が理事長を務める病院内で転倒し、腰椎を圧迫骨折した。
同年10月9日、同月27日に投開票される市長選挙に不出馬を発表した。健康問題のため、市長を1期4年で退任することになった[9]。
同年11月25日17時36分、呼吸不全のため湖南市内の病院で死去した[2]。76歳没。死没日付をもって従五位に叙され、旭日小綬章を追贈された[10]。