田中和夫 (堺市長)
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人物
堺市の人口30万人台だった1961年に第13代市長の河盛安之介が「100万都市構想」として、1976年に第14代市長の我堂が正式発表した政令指定都市昇格について、田中は市長として実現に尽力したが、自身は地方自治体の規模や在り方について「行財政能力のみではなく“わがまち”意識の強さも加えて判断されるべき」「人口規模は、効率を重視する産業界で一定の基準とはなり得ても、自治体としての“適正規模”の基準として絶対のものではあり得ない」との見解を示している[7]。
自身は、堺市の政令指定都市昇格の原動力となった泉北ニュータウン(計画人口約18万人)の槇塚台に在住[3]。読書家でノンフィクション小説など4,000冊を所蔵していた。なお、蔵書は生前の望みで2007年に堺市立図書館に寄贈され、2008年4月に堺市立中央図書館に「田中文庫」コーナーとして開設された[8]。コーナーに並ぶのは主に文芸書2,700冊で、昭和50年代後半から死去した平成元年までの国内外の現代小説が中心となっている[9]。