泉北ニュータウン
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大阪府の泉北丘陵住宅地区開発事業によって計画された。
- 事業期間 - 1965年(昭和40年)12月から1983年(昭和58年)3月
- まちびらき - 1967年(昭和42年)12月
- 開発面積 - 約1,557ha(堺市:1,511ha、和泉市:46ha)
- 計画戸数 - 約54,000戸(堺市:53,500戸、和泉市:500戸)
- 計画人口 - 約18万人[3]
- 世帯数・人口 - 54,904世帯、108,870人(2025年(令和7年)12月末時点[2])
石津川と和田川が形成する2つの侵食谷によって泉北丘陵が3つに大分されるため、泉北ニュータウンは泉ヶ丘(いずみがおか)・栂(とが)・光明池(こうみょういけ)の3地区と16住区[3]で構成されており、各地区に南海泉北線の泉ケ丘駅・栂・美木多駅・光明池駅が設置されている[注釈 1]。
堺市域における居住区は全て同市南区に属し、大阪府道208号堺泉北環状線以北のごく一部だけ同市中区に属している。和泉市域は同市伏屋町・室堂町のそれぞれ東端部に限られる。なお、泉ヶ丘地区の東に隣接する狭山ニュータウン、光明池地区の南に隣接する和泉市光明台・みずき台、南海泉北線の和泉中央駅が設置されている槇尾川以西のトリヴェール和泉は泉北ニュータウンには含まれない。
千里ニュータウンの開発経験を踏まえて、石津川・和田川沿いの集落や水田は当初から保全の方針が取られ、泉ヶ丘地区の丘陵上に位置する高蔵寺の集落(高倉台2丁)と栂地区の丘陵上に位置する日本敷物団地(原山台5丁)も計画地域からは除外された。
他には、
- 独身者向け住居(ヤングタウン)の整備
- 歩車分離交通の更なる徹底
- かつて泉北丘陵一帯に広がっていた日本最大・最古級の須恵器生産地「陶邑窯跡群」についての埋蔵文化財(遺跡)発掘調査の実施
- 泉北考古資料館の設置
などが盛り込まれた。
歴史
- 1961年(昭和36年) 大阪府が泉北丘陵開発に関する基本構想発表。
- 1964年(昭和39年) 基本計画決定。用地買収が始まる。
- 1965年(昭和40年)
- 開発計画が正式発表され、大阪府の新住宅市街地開発事業として認可。
- 12月24日 大阪府都市開発設立。
- 1966年(昭和41年)
- 開発事業起工式挙行。
- 泉北開発センター設立。
- 1967年(昭和42年)12月 宮山台の入居始まる[4]。
- 1968年(昭和43年) 泉北高速鉄道線(現:南海泉北線)の中百舌鳥 - 泉ケ丘間工事始まる。
- 1969年(昭和44年)1月 竹城台の入居始まる[4]。
- 1970年(昭和45年)4月 若松台の入居始まる[4]。
- 1971年(昭和46年)
- 1972年(昭和47年)
- 1973年(昭和48年)
- 1974年(昭和49年)
- 1975年(昭和50年)
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年) 泉北保健所(現・南保健所)開設。
- 1979年(昭和54年)4月 御池台・新檜尾台の入居始まる[4]。
- 1980年(昭和55年) 大阪府と堺市が泉北ニュータウン都市施設建設の基本協定締結。
- 1981年(昭和56年) 光明池に府立母子保健総合医療センター開業。
- 1982年(昭和57年) ニュータウン人口が15万人を超える。
- 1983年(昭和58年)
- 泉ヶ丘図書館(現・南図書館)が開館。
- 光明池運転免許試験場が開場。
- 1986年(昭和61年)6月 陶器山トンネルが開通し、泉北ニュータウンと狭山ニュータウンが繋がる。
- 1990年(平成2年) ニュータウン人口が16万人を超える。
- 1991年(平成3年) 阪和自動車道の美原北IC - 堺IC間が開通。
- 1992年(平成4年) ニュータウン人口が164,587人をピークに減少に転じる。[7]
- 1993年(平成5年) 阪和自動車道が岸和田和泉ICまで延伸、開通。
- 1995年(平成7年)
- 1996年(平成8年) 泉ヶ丘地区のパンジョ建物が大改修。
- 1998年(平成10年) 泉ケ丘駅の南側にペデストリアンデッキ(くすのきひろば)が完成。後々に辺りの大型施設が繋がる。
- 1999年(平成11年)
- 3月 国立泉北病院を近畿大学へ経営移譲し、近畿大学医学部堺病院が開設。
- 6月 泉ヶ丘に大阪府立大型児童館ビッグバン(現:堺市立ビッグバン)が開業。
- 2001年(平成13年)
- 3月 財団法人「青少年の町」が解散(ヤングタウンの閉鎖となる)。
- 9月18日 国(厚生労働省)が「国連・障害者の十年(1983~1992年)」を記念し、泉ヶ丘に国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)を開設。
- 2006年(平成18年) 堺市が政令指定都市に移行。南支所が南区役所に昇格。
- 2009年(平成21年) ニュータウン人口が14万人を割る。[7]
- 2010年(平成22年) 堺市が泉北ニュータウン再生指針[8]を策定。
- 2014年(平成26年)7月1日 南海電気鉄道が大阪府などから大阪府都市開発の株式を取得し、大阪府都市開発を泉北高速鉄道と商号変更。
- 2015年(平成27年)12月5日 泉北高速鉄道が初めての特急「泉北ライナー」を運行開始。
- 2018年(平成30年)4月 近畿大学医学部堺病院を社会医療法人啓仁会へ経営移譲し、堺咲花病院が開設。
- 2019年 (令和元年)
- 泉ヶ丘プールが営業終了(閉鎖)。
- ニュータウン人口が12万人を割る。
- 2020年 (令和2年)
- 9月1日 原山公園がPFI手法により再整備のうえオープン。なお、前年に閉鎖した泉ヶ丘プールに代わる、新公園施設の屋外プールは、新型コロナウイルスの影響(コロナ禍)などから、営業オープンを見送り[9]。
- 2021年 (令和3年)
- 4月1日 堺市に移管された大型児童館ビッグバンが「堺市立ビッグバン」として再開業し、指定管理者により運営される。
- 5月10日 堺市での新型コロナウイルス予防ワクチンの接種が始まり、泉ヶ丘センタービルの地域会場での集団接種や個別接種が行われる。
- 5月下旬 堺市が泉北ニュータウン再生指針に代わる新指針「SENBOKU New Design(センボク・ニュー・デザイン)」[10]を策定。
- 2022年 (令和4年)
- 2025年 (令和7年)
構成地区・住区
先述の通り泉ヶ丘・栂・光明池の3地区とその中に含まれる16住区から構成されている。
住区名は土地の歴史に則ったうえで、先に開発された千里ニュータウンにならい「〇〇台」で統一された[4]。
泉ヶ丘地区
住区
概要
- 人口:49,983人
- 最も古くから開発され、面積、人口が他の地区より大きく、商業・業務地として泉北ニュータウンの中心的地区。私立の高校や大学も立地。竹城台1丁と三原台2 - 4丁のそれぞれ大阪府道208号堺泉北環状線以北が中区に含まれるが、市街化調整区域のごく僅かな範囲であるため、中区における泉北ニュータウンの人口は0人である。 泉ヶ丘地区の東には狭山ニュータウン(人口:13,811人)が隣接している。
栂地区
住区
概要
- 人口:31,385人
- 区役所、警察署、文化会館を擁する。敷物団地や郊外型商業施設もある。近郊にハーベストの丘が控えるなど緑環境にも恵まれる。
- ※人口は2025年(令和7年)12月末現在の堺市の統計資料による。
光明池地区
住区
概要
- 人口:27,502人 ※堺市域のみの人口
- 福祉施設が集まった障害者福祉エリアのほか、体育館、大阪府立母子医療センター、光明池運転免許試験場などがある。光明池駅前には商業施設が集積している。 光明池地区の南には和泉市光明台(人口:6,431人)・みずき台(人口:1,873人)が隣接している。
- ※人口は2025年(令和7年)12月末現在の堺市・和泉市の統計資料による。
主な施設
泉ヶ丘地区
- 公共施設
- 堺市立ビッグバン(旧大阪府立大型児童館ビッグバン)
- 国際障害者交流センタービッグ・アイ(ビッグ・アイ)
- 泉ヶ丘市民センター
- 日本郵便株式会社泉北郵便局
- 堺市泉北急病診療センター
- ハローワーク泉北職業情報コーナー
- (以下は現存しない施設)
- 大阪府立泉北考古資料館(2010年に堺市立泉北すえむら資料館、2016年閉館)
- 泉ヶ丘プール(2019年閉鎖)
- 堺市南保健センター(2014年1月に南区役所建物へ移転)
- NTT泉北営業所
- 学校
- 近畿大学(おおさかメディカルキャンパス)
- 桃山学院教育大学
- 帝塚山学院大学(泉ヶ丘キャンパス)
- 大阪府立泉北高等学校
- 大阪府立堺東高等学校
- 帝塚山学院泉ヶ丘高等学校
- 東大谷高等学校(泉ヶ丘キャンパス)
- 医療機関
- 公園その他
栂地区
- 公共施設
- 医療機関
- 商業施設
- トナリエ栂・美木多 (旧ガーデンシティを建替え、2019年4月開業)
- イオンフードスタイル栂・美木多店
- アクロスモール泉北(旧名称、クロスモール)
- デイリーカナートイズミヤ原山台店
- TOHOシネマズ泉北
- DCM泉北原山台店
- トナリエ栂・美木多 (旧ガーデンシティを建替え、2019年4月開業)
- 公園その他
- 桃山公園
- 西原公園 - 桜の名所。
- 庭代公園
- 原山公園
- 御池公園 - 桜と紅葉の名所。
光明池地区
- 公共施設
- 堺市立鴨谷体育館
- 堺市立南図書館 美木多分館
- ファインプラザ大阪(大阪府立障害者交流促進センター)
- 光明池運転免許試験場
- 泉北高速鉄道光明池車庫
- 堺市立鴨谷体育館
町名の由来
<出典:[4]>
泉ヶ丘地区
- 宮山台(みややまだい) - 多治速比売神社より
- 竹城台(たけしろだい) - 竹林が広がっていたのと、小谷城跡より
- 若松台(わかまつだい) - 中世の荘園名「若松荘」から
- 三原台(みはらだい) - 「美原・実原」という地名から
- 茶山台(ちゃやまだい) - 「茶屋山」という地名から。眺望絶佳で、林羅山が漢詩を賦している(陶器十景)。
- 高倉台(たかくらだい) - 旧村名の高蔵寺(たかくらじ)より。旧村名は寺院の高蔵寺(現・高倉寺宝積院)に由来。
- 晴美台(はるみだい) - 高台にあり、見晴らしがよいことから
- 槇塚台(まきづかだい) - 槇の木が多かったことと、陶器山七不思議の「黄金塚」にちなんで
栂地区
光明池地区
交通

堺市南区若松台にて
鉄道
- ■ 泉北線
- 大阪市・堺市都心部へのアクセスには、南海電気鉄道 高野線(泉北線が中百舌鳥駅経由で乗り入れ、南海難波駅まで直通運行)、Osaka Metro 御堂筋線(中百舌鳥駅で乗換え)も間接的に関わっている。
路線バス
- ニュータウン内路線やその周辺地域とを結ぶ路線の全てを運行している。泉ケ丘駅、栂・美木多駅を発着する路線は主に泉北営業所が、光明池駅を発着する路線は主に光明池営業所が担当しており、東山営業所担当路線も一部に存在する。
- また、南海バスは関西国際空港とニュータウン内各駅を経由して泉ケ丘駅を結ぶリムジンバス「Sorae」(空港営業所・光明池営業所担当)や、梅田・なんば・堺東駅前、中もず駅前・深井駅から和泉府中駅前をニュータウン内各駅とその周辺を経由して結ぶ南海深夜急行バス(堺営業所担当、2025年11月現在長期運休中)も運行している。かつては堺市ふれあいバスの運行も受託していたが、2013年6月末日で廃止された[14]。
主な一般道路
- 南海泉北線と併走してニュータウン中央部を横断する大動脈。泉ケ丘駅付近を境に以北が大阪府道34号堺狭山線、以南が大阪府道38号富田林泉大津線の各一部区間にあたる。最長で臨海石津町交差点(大阪府道29号大阪臨海線)からフタツ池交差点(大阪府道40号岸和田牛滝山貝塚線)までの区間で用いられる。堺市域では1989年(平成元年)に市制施行100周年記念事業の一環として、泉北1号線の道路愛称が堺市から与えられている。深井小学校前交差点から室堂町北交差点(国道480号)までの区間において、本線は掘割または高架で交差道路を通過するため信号はない。
- 泉北中央線
- 泉北1号線から大阪狭山市方面へ分岐するかたちをとる大阪府道34号堺狭山線の泉ケ丘駅付近以東区間にあたる。泉北1号線と同様にニュータウン内では掘割または高架で交差道路を通過するため信号はない。亀の甲交差点(国道310号)以東は大阪府道202号森屋狭山線となり、国道309号や国道170号(大阪外環状線)に接続する。大阪狭山市域では狭山池通りの愛称が付けられている。
- 泉北2号線
- 泉ヶ丘地区と栂地区の間を石津川に沿って南北に通る。大阪府道61号堺かつらぎ線の一部区間に当たり、大池前交差点以北の市道区間を経てJR西日本阪和線津久野駅前に至る。1989年に市制施行100周年記念事業の一環として、泉北2号線の道路愛称が堺市から与えられている。阪和自動車道堺ICおよび堺泉北道路平井出入口・太平寺出入口に接続する。
- 泉北3号線
- 栂地区と光明池地区の間を和田川に沿って南北に通る。御池台4丁南交差点から栂地区のおおむね西縁部を通って和田川を渡り、光明池地区の北東部を少しかすめて野々井橋交差点に至る。堺咲花病院と南堺警察署の前を通る。
- 泉北4号線・泉北北線・泉北南線
- ニュータウンの外周道路となる大阪府道208号堺泉北環状線のうち、光明池地区を南北に通る城山台4丁交差点から赤坂台北交差点までの区間が泉北4号線、ニュータウンのおおむね北縁を通る赤坂台北交差点から晴美台1丁交差点(泉北中央線)までの区間が泉北北線、ニュータウンの南部を横断する晴美台1丁交差点から城山台4丁交差点までの区間が泉北南線となる。警察資料などでは「泉北環状4号線」との記載もある。
- ※追記
- これらの泉北○○線という呼称はあくまでも通称であり、区間などは時代や地図などの資料によって食い違いが見られるため、絶対的なものではない。例えば、当初泉北1号線は深井方向から泉ヶ丘までの区間のみで泉ヶ丘から光明池方面は大阪狭山市方面からの泉北中央線の一部とされていたが、今では一般には上記のように認識されている。
