田中甲

日本の政治家 (1957-) From Wikipedia, the free encyclopedia

田中 甲(たなか こう、本名:きのえ、1957年昭和32年)1月8日[2] - )は、日本の政治家。政治家としての通称が「甲・こう」。千葉県市川市長(2期)。衆議院議員(3期)、千葉県議会議員、市川市議会議員などを歴任した。

生年月日 (1957-01-08) 1957年1月8日(69歳)
出身校 立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ)
所属政党自由民主党→)
新党さきがけ→)
旧民主党→)
民主党→)
政党・尊命→)
みんなの党→)
日本維新の会→)
無所属
概要 生年月日, 出生地 ...
田中 甲
たなか こう
生年月日 (1957-01-08) 1957年1月8日(69歳)
出生地 日本の旗 日本 千葉県市川市
出身校 立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ)
所属政党自由民主党→)
新党さきがけ→)
旧民主党→)
民主党→)
政党・尊命→)
みんなの党→)
日本維新の会→)
無所属
親族

長男:田中幸太郎(千葉県議会議員)

祖父:田中幸之助(故人・千葉県議会議員)
公式サイト 田中 甲公式ホームページ - こう!と決めたら田中 甲
当選回数 2回
在任期間 2022年4月22日 - 現職
日本の旗 衆議院議員
選挙区旧千葉4区→)
千葉5区
当選回数 3回
在任期間 1993年7月19日 - 2003年10月10日
選挙区 市川市選挙区
当選回数 補選1回、統一選1回(任期途中辞職)
在任期間 1990年3月 - 1993年
当選回数 統一選1回(任期途中辞職)
在任期間 1987年5月2日 [1] - 1990年
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市川市長となった後も、内湾開発株式会社[3]、ミヤコ興業株式会社[4]、株式会社六甲[5]、各社の代表取締役、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会[6]の代表理事[7]を兼職している。

略歴

千葉県市川市出身。日出学園幼稚園、日出学園小学校立教中学校立教高等学校卒業。1980年(昭和55年)3月、立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ)、ヨット同好会ブルーウォーターセーリングクラブを設立。[8]

政治活動歴

市川市議会議員・千葉県議会議員

1987年(昭和62年)4月、市川市議会議員に初当選。

1990年(平成2年)3月、千葉県議会議員の補欠選挙で初当選。警察・企業常任委員長。[8]市議・県議時代は自由民主党に所属した。

衆議院議員(新党さきがけ~旧・民主党~民主党~無所属)

1993年平成5年)の衆議院選挙において新党さきがけ新人として千葉4区(中選挙区)より立候補し、初当選

旧・民主党

1996年(平成8年)に、旧民主党の結党に参加する。その直後に行われた衆議院選挙において、千葉5区から立候補し、2期目当選、千葉県内の小選挙区における旧民主党が唯一確保した議席となった。市川市長選挙で、小岩井清を推薦することに異議を唱え、民主党千葉県連副代表を辞任した。

民主党[9]

1998年(平成10年)、民主党の結成に参加する。1999年(平成11年)に行われた、2度の民主党代表選挙で、1月では松沢成文の推薦人、9月では鳩山由紀夫の推薦人となる。

民主党「除籍」、自治労を名指しで批判[10]

2001年(平成13年)3月22日、労働組合の支援を受ける姿勢への不満から離党届を提出し、3月27日、離党に関しての記者会見を行った。4月3日、民主党で決定した処分が「除籍」となり、再度記者会見を行った[11]

尊命[12]

2001年(平成13年)6月21日、政党・尊命を設立、自らが代表となり記者会見[12]を行い、総務省に届出の政治団体として「尊命」が設立された[13]

2003年(平成15年)の衆議院選挙で再選を目指したが、古巣である民主党が擁立した村越祐民や自民党候補にも大差で敗れ、落選した[14]

2009年(平成21年)1月6日、次期衆議院選挙に、千葉5区から無所属として立候補することを表明。その後、7月政治団体日本の夜明け[15]への合流を表明し、同団体を母体とするみんなの党を渡辺喜美らと結党。同党公認で、9月7日にはみんなの党千葉県総支部連合会(代表・田中甲、会計責任者・石崎英幸[16][17]~元・田中甲秘書のちに市川市議会議員[18][19])を設立し、千葉5区より立候補したが、小選挙区では民主党、自民党の候補に大差で敗れ、[20]重複立候補した南関東ブロックでの復活当選ならず[21][22]落選し、同総支部連合会は12月31日解散された。

2012年(平成24年)の衆議院選挙には、日本維新の会公認で比例南関東ブロックからのみ立候補したが落選した。[23][22]

2017年11月27日市川市長選挙

2017年(平成29年)10月25日、任期満了に伴う市川市長選挙に立候補する意向を表明。[24]国際大学の誘致などを公約[25]に掲げ[26]、同年11月26日投開票の選挙に出馬した。開票の結果、田中や上述の村越を含む候補者5人全員が法定得票数を満たさず、再選挙が決まった(田中の得票数は5人中3番目[27]

2018年(平成30年)4月22日市川市長選挙(再選挙)

田中は「次の可能性を十分感じさせる得票だ」と述べ、再選挙に挑む考えを表明した[28]。2018年3月14日、自民党への復党願とともに推薦依頼文を党市川市支部に提出した[29]。田中および前回推薦した坂下茂樹から推薦願を受けた自民党県連は「自主投票」と決めるも、自民党市川市支部は坂下への推薦を決定した[30]。再選挙は2018年4月22日投票で行われ、前回候補者のうち田中、坂下、村越の3人による争いとなったが[31]、村越が当選し、田中は落選、次点に終わった。

2022年市川市長選挙

2022年3月27日に行われた市長選挙に、保守系の一部市議、自民党や日本維新の会の国会議員らの支援を受けて立候補。立憲民主党所属の元県議(翌年の県議選で県議に返り咲き)で同党の支援を受けた守屋貴子、現職の村越、元市議の片岡恭子ら5候補を斥け、初当選を果たした[32]。選挙結果は以下の通り。村越は得票率が有効投票総数の10%に満たず、現職ながら供託金を没収された[33]。 ※当日有権者数:400,508人 最終投票率:38.75%(前回比:+4.78pts)

さらに見る 候補者名, 年齢 ...
候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
田中甲65無所属65,567票42.89%
守屋貴子54無所属46,253票30.25%
村越祐民48無所属15,159票9.92%
片岡恭子43無所属14,395票9.42%
吉野一郎68無所属6,637票4.34%
市川まみ49無所属4,867票3.18%
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政策・人物

  • 1995年(平成7年)8月29日、「ムルロア環礁での核実験に強く反対する議員の会」団結式が行われ、タヒチからグリーンピースの抗議船に乗り込み、実験海域近くの公海での抗議活動に参加する[34]としていたが、9月10日、田中と宇佐美登の2人は、タヒチ島出発のヨット「ラ・リボーテ」が領海侵犯したとして、フランス軍特殊部隊によって拘束された[35]
  • 1999年(平成11年)、日本の戦争責任資料センター代表の荒井信一が主催する「恒久平和調査局設置を求める院内集会」に参加。自由民主党は責任や賠償から逃れたいために、歴史の事実を明らかにすることに反対している、と述べた[36]
  • 2022年8月、同年執行の市川市長選挙で田中が公約に掲げていた市川市の小中学校給食費全額無償化を実施すると発表[37][38]した。田中は「物価高による家計のひっ迫を救済する一面もあり、子どもの成長に必要な充実した食の環境を整えたい」[39]と述べた。
  • 2023年2月8日、田中は村越前市長時代の2021年11月にオープンした「市本」(いちぼん)という文化施設について、2023年3月末をもって廃止することを明らかにした。民間委託し運営していた「市本」にかかる費用は年間およそ3000万円なのに対し、施設の利用者は1日あたり20人前後にとどまっており、田中は開設からわずか1年4か月で廃止を決めた理由について費用対効果や予算の優先順位を挙げた。市民やSNSユーザーからは田中の方針に理解を示す声もあった一方、市内在住の作家の石川智健らが反対を表明するなど議論を呼んだ[40]
  • 選択的夫婦別姓制度を推進[41]

市長選挙を巡るダミー候補擁立問題

  • 2025年12月20日に東京新聞は[42]、2022年3月の千葉県・市川市長選で市川まみとして立候補した女性が19日、市内で記者会見を開き、「名前や経歴を偽り、候補になりすましたダミー候補」になって市選挙管理委員会に届け出たことを報じた。女性は、当時この候補者が田中甲市長陣営の求めで出馬したと証言し、「市民や他の候補者に申し訳ない。田中市長は説明責任を果たしてほしい」と話した。
  • 2026年1月14日に東京新聞は[43]で、2022年3月の市川市長選を巡り、前出の女性が昨年12月に記者会見したことについて、田中市長は13日の記者会見で改めて関与を否定する内容、「女性候補に、直接または間接を問わず出馬を依頼した事実はない」と述べ、再選を目指して出馬する今年(2026年)4月の市長選に向けた「妨害工作」との見方を示したことを報じた。

著書

  • 1996年5月8日、2045発目の核―仏核実験再開に抗議したある日本人の記録(田中甲・宇佐美登)PHP研究所
  • 2000年6月1日、尊命の時代~政治とは命を守ること(田中甲)株式会社きんのくわがた社
  • 2001年3年15日、きこえますか子どもからのSOS―児童虐待防止法の解説(太田誠一・田中甲・池坊保子石井郁子保坂展人)株式会社ぎょうせい
  • 2001年11月10日、臥薪嘗胆の日々(ばばこういち著~第3章に田中甲に関する記述)株式会社インターメディア出版
  • 新世紀日本の創造(田中甲)株式会社明光企画
  • 2013年7月22日、支配を超えて(一般社団法人白川学園 専務理事 田中甲)新日本文芸協会
  • 2016年4月27日、創造主義―「持続可能」社会を実現する転換の発想(田中甲)リベラルタイム出版社

脚注

関連項目

外部リンク

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