小選挙区制
1選挙区から1名を選出するイギリス起源の代表制選挙制度
From Wikipedia, the free encyclopedia
小選挙区制(しょうせんきょくせい、英語: single-member district system)は、1つの選挙区から1名の代表者を選出する選挙区制度である。1人の代表者と特定の選挙区が対応するため、有権者にとって地域の代表者が明確となり、代表者の説明責任や地域代表性を確保しやすいことが特徴として挙げられる[1]。小選挙区では複数の当選決定方式を用いることができ、現代の日本で「小選挙区制」と呼ばれる場合には、各選挙区で最多得票の候補者1名を当選者とする単純小選挙区制を指すことが多い。単純小選挙区制は制度が分かりやすく、選挙区と代表者との結び付きが明確であることに加え、単独政権を形成しやすいため、政権を担う政党(与党)と野党との区別が明確になりやすいこと、有権者が政党名簿よりも候補者本人の実績や資質を判断した上で投票しやすい選挙制度となっている[2]。
概要
小選挙区制は議会などの2人以上の人員を要する機関を構成するとき、定員と同数の選挙区を区分けし、一選挙区につき1人の当選者を選ぶ選挙制度の総称である。現代の日本では、選挙方法に単記非移譲式投票を用いた単純小選挙区制を指すことが多い。この他にも、Approval voting, Range voting, Borda count, Minimax, Schulze, Ranked Pairs など、定数一人の制度ならば何でも小選挙区制を利用できる。
1999年の判例によると、全国的にみて国民の高い支持を集めた政党や候補者が、得票率以上の割合で議席を獲得しやすい傾向を持ち、民意の集約と政権の安定につながる。そして、選挙前に野党や少数派政党であっても有権者の支持を得れば、多数の議席を獲得でき、政権交代を促す特質も併せ持つ。また、比例代表制度だと政党優位なので起こり得ないが、小選挙区制である際には少数派政党など全国的な支持が乏しい政党に所属する候補者であっても、候補者が当該選挙区で高い支持を有権者から得ていれば個々の選挙区で当選ができる[3]。
性質
万年低得票政党・躍進新興政党・既存二大政党
ある特定の政治問題で有権者の多数派から支持を得られない独特なスタンスをとる政党である場合、選挙で苦戦を強いられる。有権者における少数派意見が国政に反映されにくい[4]。ジェフリー・サックスは、小選挙区制度で二大政党制になりやすく、小規模政党は踏み潰される(英: Trampled)ことになると主張している[5]。
小選挙区制は「小規模政党に不利」という意見があるが、実際には万年低得票の政党へのみであり、つまり「有権者多数から支持をずっと獲得できない政党へのみ不利」と表現する方が正確である。逆に、非ノイジー・マイノリティ以外の支持を得られる政策を掲げた新興政党である場合は、既存政党から議席を奪って、比較的短期間で議席を躍進させる。 政党システムの観点では小選挙区制は二大政党制を生みやすい傾向を持つものの、「二大政党」とは有権者多数派の投票が決める。「二大政党」は固定されている訳では無いため、小選挙区制の祖である英国でも時代とともに「二大政党」の構成が変化してきた。19世紀にはトーリー党とホイッグ党が主要勢力だったが、ホイッグ党が自由党、トーリー党が保守党に再編された期間をはさみ、20世紀初頭には新興政党「労働党」が既存二大政党の自由党から有権者の支持を奪って保守党と並ぶ新二大政党となった。こうした歴史的推移は、小選挙区制という選挙制度は変わらないまま、有権者が何を重視するかが変化した結果と解される。 2020年代に入ると、小選挙区制のまま多党化傾向の時期を経た後、保守党・労働党の二大政党が得票率を減らして没落する一方で、既存二大政党に不満を持つ少なくない有権者の支持を得ることに成功したリフォームUK(英: Reform UK)が台頭した。英国の実例は、小選挙区制が固定的な二大政党構造を生み出すわけではなく、政治的停滞や政府不在期間、議会過半数を得られないことによる連立相手政党への過度な配慮などを招く比例代表制度中心の選挙制度と比較しても、短期間で真に政治的多様性を議会に反映しうることを示している[6]。2025年に5月1日に行われた英国の地方選挙では、右派ポピュリスト政党・リフォームUKが大幅に躍進した。2024年の総選挙で右派有権者票が2党に割れた結果として14年振りに政権を奪還した労働党(国会左派第一党)だけでなく、最大野党(国会右派第一党)保守党の二大政党を大幅に上回る議席を得た。具体的にリフォームUKは同じく小選挙区制である英国地方議会の改選1,637議席のうち677議席を獲得し、過去3年間の改選での獲得議席数(2022年:2議席、2023年:6議席、2024年:2議席)から大きく伸ばした[7]。
小選挙区制の性質・単純小選挙区制のメカニズム
単純小選挙区制では、選挙方法に単記非移譲式を用いているため、デュヴェルジェの法則が働く。単純小選挙区制において政党の議席数は、政党の得票率に対して三次関数の議席数になることが知られ、これは「三乗法則」と呼ばれる。2005年5月に行われたイギリス下院議員選挙では、与党・労働党の得票率が35%、野党第一党・保守党の得票率が32%と、両党の得票率の差は僅か3%にすぎなかったが、獲得議席数では157議席(約1.8倍)もの差がついた。後述は、比例代表制が中心である小選挙区比例代表併用制ではなく、単純小選挙区制や小選挙区比例代表並立制など小選挙区制が中心の制度のケースを記述する。
- 同一政党間や似た政策の政党における同士討ちを抑止し、単独または似た政策の政党のみによる安定政権。単純小選挙区制のイギリスでは戦後の1945年のから2010年まで連立政権がなく、保守党か労働党どちらかの単独政権であった[8]。(政治的空白[9][10]や大連立多発の発生抑止、分極多党制の抑止)
- デュヴェルジェの法則の効果により二大政党制を作りやすく、支持を撤回した有権者は次の選挙で、もう片方の政党へ懲罰的投票行動するので政権交代を起こすのが他の選挙制度よりも容易である。そのため、政権や政治家側は政権交代に強い危機感を持って職務に全うせざるを得ないこと。(野党第一党の万年野党化の抑止)
- 大選挙区制や中選挙区よりも更に担当選挙区が狭くなり、立候補者1人あたりの選挙費用や肉体的負荷が小額で済むこと[11]。(残酷区の抑止)
- 候補者が僅差で当選のケース、あるいは落選した候補者の票が多数を占める選挙区のケースでは多くの死票が発生する。日本では1996年の衆議院議員選挙で小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、2012年までの6回のうち3回で死票が5割を超えている[12]。2012年衆議院議員選挙の死票率は53%であり、死票率が70%を超えた選挙区が2ヶ所、60%を超えた選挙区が76ヶ所あった[13]。
- 前述の安定政権(政治の不安定化の抑止)とトレードオフの関係であるが、各政党の得票率と実際の議席占有率との乖離が起こり得るケースがある。例として、2005年のイギリスの下院総選挙で第一党となった労働党(得票率35.2%で355議席)と第二党の保守党(得票率32.4%で198議席)の得票率の差が2.8%しかなかったにもかかわらず、獲得議席数では157議席(1.79倍)も差が出ている[14]。比例代表と並立である日本では2005年の衆院選、2012年の衆院選、2014年の衆院選、2026年の衆院選における自民党、2009年の衆院選における民主党は、いずれも4割台の得票率で7割から8割の議席を獲得している[15]。
日本における小選挙区制
概要
参議院選挙の1人区の選挙区(半数改選のため全体としては定数2人)も小選挙区とも表現されることがある。
国政のほか、都道府県議会選挙においては、定数1の選挙区、すなわち事実上の小選挙区制選挙で議員を選出する地域が多い。これは、同選挙の区割りが市・郡単位を基準に定められるが、その都道府県内での有権者数の比重が小さく、総定数の中から1人しか割り当てられない地域が多いためである市町村議会選挙の例では、1955年に町村合併により発足した山口県周東町が、町議会選挙で合併前の町村単位による小選挙区制を採用した[16]例がある。
歴史
日本の衆議院においては、まず1890年の衆院選から1898年の衆院選において小選挙区制が採用された(一部完全連記制の2人区があるが、特定政党の議席独占が起こりやすいため単記式の中選挙区制とは異なる)。
1902年4月5日、衆議院議員選挙法別表改正公布、市部選出議員を増加した。
1902年の衆院選から1917年の衆院選まで、大選挙区制が導入されていた。
1919年3月8日、衆議院は政府および憲政・国民各派提出の衆議院議員選挙法改正案中、政府案(小選挙区・納税資格3円)を修正可決、5月23日公布。
原敬内閣による選挙法改正で再度導入され、1920年の衆院選と1924年の衆院選は小選挙区制が実施された。
大選挙区制で実施された1946年の衆院選を除いて1928年の衆院選から1993年の衆院選までは中選挙区制が導入されていた。
ただし、第二次世界大戦後の1953年にアメリカ合衆国から日本へ施政権が返還された鹿児島県奄美群島では、歴史的経緯から奄美群島選挙区が1人区として設置され、事実上の小選挙区として存在した。この奄美群島選挙区は将来鹿児島県第3区へ統合するまでの暫定措置とされたが、1954年の補欠選挙で初めて議員を選出し、一票の格差を解消するための定数是正措置により1992年に消滅(鹿児島県第1区へ統合)するまで存続した(1990年の衆院選が最後の選挙)。
この間、1956年に第3次鳩山内閣が単純小選挙区制を、1973年に第2次田中角栄内閣が小選挙区比例代表並立制をそれぞれ衆議院に導入しようという計画を立てたが、大政党に有利である、選挙区の区割りがいびつであり恣意的である、などと批判された。特に区割りに関しては、1810年代のアメリカにおける事例、マサチューセッツ州知事エルブリッジ・ゲリーがサラマンダーの形をした自党に有利な選挙区をつくりゲリマンダーと呼ばれた故事をもじって、ハトマンダー(第3次鳩山一郎内閣)・カクマンダー(第2次田中角栄内閣)と揶揄された。このような批判と、政権自体の求心力の低下により、両内閣とも導入を断念した。
また、日本の小選挙区制のモデルケースと目された奄美群島区で選挙がしばしば過熱し、選挙違反者の大量発生が続いたことも、小選挙区反対論の根拠となった(いわゆる保徳戦争)。
1980年代後半、中選挙区制の欠陥が指摘されると再び小選挙区制導入の論議がなされた。リクルート事件後の1991年、海部俊樹内閣および自民党執行部は小選挙区300、比例代表171の小選挙区比例代表並立制導入を企図するが、小泉純一郎らが反対を表明し推進派の責任者だった羽田孜に猛反発するなど党内調整が難航し、導入は見送られ、内閣は総辞職した(海部おろし)。
その後1994年の公職選挙法改正(政治改革四法のひとつ)で衆議院選挙において小選挙区比例代表並立制(小選挙区300、比例代表200)が導入され、1996年の衆院選から実施された。
党派別小選挙区議席獲得実績
| 回 | 年 | 自民 | 民主 | 立憲民主 | 中道 | 希望 | 国民民主 | 維新 | 公明 | みんな | 未来・生活 | 共産 | 社民 | ゆうこく連合 | 国民新 | 日本 | 新進 | 旧自由 | 保守 | さきがけ | 自由連 | 民改連 | 無所会 | 諸派 | 無所属 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 41 | 1996年 | 169 | 17 | - | - | - | - | - | - | - | - | 2 | 4 | - | - | - | 96 | - | - | 2 | - | 1 | - | 0 | 9 | 300 |
| 42 | 2000年 | 177 | 80 | - | - | - | - | - | 7 | - | - | 0 | 4 | - | - | - | - | 4 | 7 | - | 1 | - | 5 | 0 | 15 | |
| 43 | 2003年 | 168 | 105 | - | - | - | - | - | 9 | - | - | 0 | 1 | - | - | - | - | - | 4 | - | 1 | - | 1 | 0 | 11 | |
| 44 | 2005年 | 219 | 52 | - | - | - | - | - | 8 | - | - | 0 | 1 | - | 2 | 0 | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 18 | |
| 45 | 2009年 | 64 | 221 | - | - | - | - | - | 0 | 2 | - | 0 | 3 | - | 3 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 6 | |
| 46 | 2012年 | 237 | 27 | - | - | - | - | 14 | 9 | 4 | 2 | 0 | 1 | - | 1 | 0 | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 5 | |
| 47 | 2014年 | 223 | 38 | - | - | - | - | - | 11 | 9 | - | 2 | 1 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 8 | 295 |
| 48 | 2017年 | 218 | - | 18 | - | 18 | - | 3 | 8 | - | - | 1 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 22 | 289 |
| 49 | 2021年 | 187 | - | 57 | - | - | 6 | 16 | 9 | - | - | 1 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 12 | |
| 50 | 2024年 | 132 | - | 104 | - | - | 11 | 23 | 4 | - | - | 1 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 1 | 12 | |
| 51 | 2026年 | 249 | - | - | 7 | - | 8 | 20 | - | - | - | 0 | 0 | 1 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | 0 | 4 | |
注:-は立候補しなかった場合(政党等が存在しない場合も含む)、0は立候補したが当選者がいなかった場合をさす。
肯定的批評
最も小選挙区制を強固に推進していた小沢一郎は、「政治にカネがかかるのも中選挙区で同士討ちするからだろ。自民党同士で争えば政策論争じゃなくサービス合戦になるからな。それに、日本人は何事も丸く、丸く収めるのが好きだが、国際情勢の変化に機動的に対処するには、強いリーダーシップが必要だ。そのためにも一騎討ちで勝敗を決める小選挙区がいいんだ」と述べている[17](なお、小沢は2021年に行われた第49回衆議院議員総選挙、2026年に行われた第51回衆議院議員総選挙において皮肉にも自身が小選挙区で落選することになる)。細川護熙は、「制度そのものは機能している」と評価している[18]。
否定的批評

※注:自由民主党の数値は下目盛りで示す。対立政党の数値は上目盛りで示す。
1996年の総選挙から小選挙区比例代表並立制が導入され、その結果、第一党の議席占有率は得票率をはるかに超えることとなった。自民党は毎回、比例代表で3割弱から4割弱の票しか獲得できていないものの、2005年、2012年、2014年、2017年の総選挙では6割を超える議席を獲得している。特に2017年の場合は総選挙直前に民進党が希望の党と立憲民主党に事実上分裂したことも関係している。また、2009年の選挙では、民主党が6割超の議席を獲得して第1党となったが、比例代表における得票率は4割をわずかに超える程度にすぎなかった。
政権交代可能な二大政党制を模索して導入された本制度であるが、以下のように近年では負の面を指摘する声が多く上がるようになってきている。
小選挙区制(比例代表並立制)に移行してからは、投票率が60%以下であることが多く[注 1]、日本国憲法下で実施された衆議院議員総選挙の平均投票率(68.18%)には到達していない[注 2]。
自公陣営
2010年、公明党代表の山口那津男は「イギリスを見ても分かるように、単純小選挙区制で民意を集約するのはもう無理だ。世界の流れは民意をいかに正しく反映する選挙制度にするかだ」と述べている[19]。
同年に自由民主党の舛添要一は、中選挙区制時代は党内でも派閥同士が切磋琢磨していた、小選挙区では選挙区の都合で政党を選ぶ議員が出る、小泉チルドレンや小沢ガールズのようなこと(ポピュリズム的傾向)が横行するとし、「多数派支配型のウェストミンスター・モデルに対抗するコンセンサス・モデル(多党制と議会における協議を基本とする)のほうが先進国では普通で、しかも国民生活にとって、より良い成果をもたらしている」と批判した[20]。
自民・民主両方に所属した経験がある田村耕太郎は2011年に「日本において階級や民族など二大政党が争う対立軸はない。候補者は理念や政策が異なっても当選するために大政党の公認を受け、万人受けするばらまき政策を掲げる。選挙区事情で政界再編も起きにくい」と指摘している[21]。
制度導入に携わった当事者の間では、細川と選挙制度改革で合意した河野洋平は「党内議論がおとなしくなり、政治家の質が劣化した」と指摘している[18]。河野はその後2023年に入り、連記制を含む「新中選挙区制」を提唱している[22]。武村正義は、「率直に言ってちょっぴり後悔しています」と述べている[23]。
社共陣営
かねてから日本共産党は制度の根本的欠陥として第一党が4割台の得票で7〜8割もの議席を占め、得票率と獲得議席数に著しい乖離を生み出す点や死票が過半数にのぼっている点などを挙げており、小選挙区制では一票の格差を是正することは不可能だと指摘。民意を反映する比例代表を中心とした制度への改革を主張している[24][25]。小選挙区制では、有権者が政治に対する信頼が損なわれる懸念もあるとしている[26]。
同様に社会民主党は制度の問題点として得票率と議席率の乖離、死票の増大、一票の格差の拡大、少数党に不利などの点をあげており、比例得票数を議席配分の中心に据えた選挙制度への改革を目指すとしている[27][28]。
自治体
当時の東京都知事の石原慎太郎は2011年の定例会見の場で「小選挙区を採用したことが絶対に間違いですよ。健全な民主主義や健全な政治家は生まれてこない。どんどん政治家が小さくなっちゃった。今はみんなロボットみたいでどれもこれも顔は違うけど言っていることは同じだわ。寂しい国になっちゃったね」と小選挙区制度を批判し制度自体を否定した。また1994年の小選挙区制導入の際に総務会で、小選挙区制に最初から最後まで反対したのは私と野中広務だけだったと述べた[29]。
宮城県大崎市では、小選挙区制廃止を求める意見書が全会一致で可決された[30]。また、徳島県議会では、「地勢、交通、地域間のつながり等を無視し、1票の格差是正に重きをおくだけでは各選挙区における有権者の連帯感を益々阻害し、ひいては政治不信にもつながることが懸念」と全会一致で意見があげられた[26]。
学者
東京工業大学名誉教授の田中善一郎は「小選挙区は保革対立の時代には適した制度であるが、現在のように国民が多様な意見を持つ状況では、国民の選択を無理やり二者択一に導く道具と化し、二党のどちらかに投票した瞬間に民意は歪められる」と指摘している[31]。
福山大学客員教授・元経済企画庁長官の田中秀征は、「中選挙区制では党の中で違う考え方が存在し得る。ところが小選挙区制だと公認を党から得るためには執行部の方針には従わざるをえないので、党の指導部にへつらうような人たちがどうしても多くなっちゃう。上に反論して楯突くようなことができないのは、どう考えても『人材』とは言えないですよ。人材というのは上に対しても物を言う人たちですよね。そういう人たちがどんどん少なくなる流れが生じているということでしょうね。最近は『政治が劣化している』って言いますよね。現行制度を考え直す機会が来ているというふうに思います」と述べている[32]。
衆議院小選挙区の区割り方法
衆議院の小選挙区区割り法式は、まず衆議院議員選挙区画定審議会にて審議される[33]。
選挙区割りは国民の一票の格差を決定し、政治家の当落を左右する重要な問題である。衆議院小選挙区については国勢調査の結果をもとに10年ごとに衆議院議員選挙区画定審議会が審議して内閣総理大臣に勧告し、総理大臣は問題がなければそれを採用して国会に提出し審議に付される。審議会の委員は国会同意人事であり両院の同意を得た国会議員以外の識者7人が総理大臣に任命される。
区割りするときは「一票の格差を2倍未満にする」「大都市を除き、市区町村を分割しない」「飛地をつくらない」などの方針のもとで地勢や交通を考慮して決定される。しかしながら第43回衆議院議員総選挙(2003年)では9つの選挙区で一票の格差が2倍を超えた。また有権者数の調整のため、一部の市区では選挙区が分割されている(詳細は選挙区が分割されている市区町村を参照)。
1区は都道府県庁がある選挙区(政令指定都市の場合は都道府県庁がある区の選挙区)に割り当てられている。
市町村合併による境界の変更があっても選挙区割りが自動的に変更されることは無い。いわゆる平成の大合併の進展により2003年から2007年3月末にかけて各地で大規模な市町村合併が行われたが、2009年8月1日現在で唯一の例外を除いて区割りは2002年に改正された当時のままである。そのため2005年9月11日に行われた第44回衆議院議員総選挙では新潟市が4つの選挙区にまたがったのを筆頭に全国で35市町が本来分割されている市区に加えて複数の選挙区にまたがることとなった(現在分割されている選挙区は平成の大合併により選挙区が分割された市区町村を参照)(公職選挙法13条3項本文)。
ただし市町村合併によらない市区町村の境界変更の場合には新たに所属する市区町村の選挙区に変更となり、新たに所属する市区町村が属する選挙区が2以上ある場合には、総務大臣が属する選挙区を決定する(公職選挙法13条3項ただし書、4項、同法施行令2条1項)。
唯一の例外は2005年2月13日に長野県から岐阜県中津川市に編入された旧山口村の区域である。2005年6月29日に公布された「公職選挙法の一部を改正する法律」によってそれまで所属していた長野4区から岐阜5区に所属が変更され、同時に比例代表区の北陸信越ブロックと東海ブロックの境界線も新しい県境に合わせて変更された。
2009年の一票の格差をめぐる裁判における最高裁判所大法廷判決では、2.30倍の格差は「違憲状態」であり、都道府県にまず1議席を割り当てる「1人別枠方式」が「格差を生む主要な原因」になっているとして、速やかな廃止を求める内容が言い渡された[34]。
東京都と愛知県は小選挙区制が導入以来人口が急増したにもかかわらず選挙区は増えていなかったり、2002年区割り変更で17から18へ小選挙区を増やした神奈川県はその後19小選挙区の大阪府の人口を抜いたにもかかわらず小選挙区数は矛盾していること等は長らく反映されてこなかったが、2022年に決定した区割り改正によって東京・神奈川・愛知の選挙区が増やされることとなった。
世界における小選挙区制
小選挙区制は一つの選挙区から一人を選出する選挙区制度であり、当選者を決める投票方式そのものを意味するものではない。International IDEAは、1人区を用いる多数代表制・多数決型の方式として、最多得票者を当選させる単純小選挙区制(First Past the Post、FPTP)のほか、選択投票制(Alternative Vote)や二回投票制(Two-Round System)を挙げている[35]。このため、各国で「小選挙区」が採用されていても、最多得票だけで当選する国、過半数を求める国、候補者に順位を付けて投票する国など制度設計は異なる。
イギリス
イギリスの庶民院は650の選挙区から各1人を選出し、各選挙区で他の候補者より多くの票を得た候補者が当選するFPTPを採用している[36][37]。絶対多数を得ることは必要ではなく、最多得票者が議席を得る。
2024年イギリス総選挙では、労働党が全国得票率33.7%で議席の63.2%を獲得した一方、リフォームUKは14.3%の得票に対して議席は0.8%、自由民主党は12.2%の得票に対して11.1%の議席を獲得した。庶民院図書館は、この選挙について得票率と議席率の不均衡が記録上最大になったとしている[38]。このようにFPTPでは、全国得票率だけでなく、各政党の支持が個々の選挙区でどのように分布するかによって獲得議席数が大きく異なり得る[38]。
カナダ
カナダの庶民院も「single-member plurality」またはFPTPと呼ばれる制度を採用している。各選挙区から1人を選び、最多得票を得た候補者が当選し、50%を超える絶対多数を得る必要はない[39]。カナダでは連邦成立以前からこの方式が用いられ、連邦下院選挙でも継続して使用されている[40]。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国下院では、1971年に始まる第92議会以降、下院議員は一貫して1人区から選出されている。1967年に制定された法律により、複数の下院議席を割り当てられた州は、その議席数と同数の小選挙区を設け、各選挙区から1人を選出することが原則となった[41]。一方、人口により下院議席が1議席だけ割り当てられた州では州全体が一つの選挙区となる[42]。
アメリカでは選挙の具体的な実施方法について州の権限が大きく、候補者選出の予備選挙や本選挙の規則には州ごとの差があるため、「1人区であること」と「具体的な投票・当選方式」は区別される[41]。
インド
インドのローク・サバーでは543の議会選挙区が設けられ、それぞれ1人の議員を直接選出する[43]。各選挙区では最多得票を得た候補者が当選するFPTPが用いられている[44]。インドでは当初1人区と複数人区が併存していたが、複数人区は1962年に廃止された[44]。
フランス
フランスの国民議会では、577の小選挙区から各1人の議員を選ぶ二回投票制が採用されている[45]。第1回投票で当選するには有効投票の過半数を得るとともに、登録有権者の4分の1以上の票を得なければならない。該当者がいない場合には第2回投票を行い、原則として第1回投票で登録有権者の12.5%以上の票を得た候補者が進出し、第2回投票では最多得票者が当選する[45]。
この制度は選挙区定数が1である点では小選挙区制であるが、1回の投票で相対多数を得た候補者を直ちに当選させるイギリスやカナダのFPTPとは異なる。
オーストラリア
オーストラリア代議院では各選挙区から1人の議員を選出するが、単純な最多得票制ではなく優先順位付投票制が採用されている。有権者は候補者全員に選好順位を付け、第一選好票で過半数を得る候補者がいない場合は、最下位候補を順次除外し、その票を次順位の候補者へ移転して、最終的に有効票の過半数を得た候補者を当選者とする[46]。オーストラリアの制度は、小選挙区制がFPTPだけを意味しない代表例である。
ロシア

ロシアでは、1993年の下院選挙から2003年の下院選挙まで、450議席のうち225議席を小選挙区、225議席を比例代表で選ぶ小選挙区比例代表並立制が採用されていた。2007年および2011年の下院選挙では、全国1区の比例代表制によって450議席を選出する制度へ移行した[47]。
2011年の選挙後に制度が再度改正され、2016年の下院選挙では、225議席を小選挙区のFPTP、残る225議席を全国比例代表で選出する並立制が復活した[48]。OSCE/ODIHRの最終報告書は、この制度変更について、調査対象となった複数の関係者から「与党を利するための変更である」との見方が示されたほか、小選挙区の区割りについて公的協議が不足し「統一ロシア」を利するとの批判があったことを、関係者の意見として記録している[48]。
2016年の選挙では、「統一ロシア」は比例代表部分で54.2%を得票して140議席を得たほか、小選挙区225議席のうち203議席を獲得し、合計343議席となった[49]。これは前回2011年の238議席から105議席の増加であった[50]。
2011年には全議席が比例代表で選出され、「統一ロシア」の得票率は約49%、議席占有率は約53%であったのに対し、2016年には比例代表部分の得票率が約54%、全議席に占める割合が約76%となった。アメリカ議会調査局は、2016年に復活した並立制について、「統一ロシア」が小選挙区で90%以上の議席を獲得したことが同党の議席増加に寄与したと分析している[49]。一方で、得票率自体も2011年から2016年にかけて上昇しているため、両選挙の議席数の差を小選挙区制だけに帰することはできない。
2021年の下院選挙でも、450議席の半数を小選挙区のFPTP、残る半数を全国比例代表で選出する制度が維持された[51]。
比例代表制との比較:政党分立と極右・極左の抑止効果
小選挙区制と比例代表制は、得票を議席へ変換する方法が異なるため、小政党や極右・極左政党の議会進出にも異なる影響を与える。単純小選挙区制では、各選挙区で最多得票を得た候補者だけが議席を獲得するため、全国に薄く分散した支持を持つ極右・極左のような有権者の多数派からの支持を獲得しにくい小政党は得票を議席へ変換しにくい。ACE Electoral Knowledge Networkは、単純小選挙区制について、支持が地理的に特定地域の選挙区内にでも集中していない限り、有権者多数派目線で極端な立場を唱える政党は議席を獲得しにくく、政党の乱立や分立を抑える効果があると説明している[52]。
これに対して比例代表制では、一定の得票を得た政党がその得票割合に応じるため、極右・極左のような政党が議会に議席を得やすい。International IDEAは、この違いを、比例代表制度のような「比例性と多様な意見の包摂を重視する制度」と、小選挙区制のような「単独政権の形成や政府の責任の明確化を重視する制度」との間にある制度上のトレードオフとして説明している[53]。
ACE Electoral Knowledge Networkも、比例代表制に対する主要な批判として、政党システムの分立、少数の支持しか持たない小政党が連立交渉で大政党に対する影響力が高まること、極右・極左の政党が議会に議席を得やすくなることを挙げている[54]。
西ヨーロッパ16か国の1970年から1990年までの103回の選挙を分析したロバート・W・ジャックマンとカリン・ヴォルパートは、選挙制度と政党システムが極右政党の選挙上の成功に影響するとし、議会政党数が多くなるにつれて、比例性の高い選挙制度が極右政党に有利となる関係を報告した。また、小政党乱立を抑止するために、最低得票率のような選挙阻止条項を高くするほど、同じ条件下でも極右政党への支持が抑制される方向に作用すると報告している[55]。
ワイマール共和国・ナチス
ヴァイマル共和政の国会選挙では、政党名簿による比例代表制が採用され、原則として約6万票ごとに1議席が配分された。アメリカ合衆国ホロコースト記念博物館は、この制度について、多数の政党が議会に進出することを可能にし、安定した多数派形成を困難にするとともに、後には極右の国民社会主義ドイツ労働者党(NSDAP、ナチ党)などの極端な政党が議会で影響力を得ることも可能にしたと説明している[56]。
ACE Electoral Knowledge Networkも、比例代表制に対する批判を説明する中でヴァイマル共和政を具体例として挙げ、比例代表制が極左・極右の政党に議会進出の足掛かりを与えたことが、共和国崩壊の一因であったとする議論を紹介している[54]。同資料は、比例代表制一般についても、左右の極端な政党に議会進出の機会を与えることを批判点の一つとして挙げている[54]。
ドイツ連邦議会の資料によれば、世界恐慌下で行われた1930年の国会選挙では、極右のナチ党(NSDAP)が18.3%、極左のドイツ共産党(KPD)が13.1%を得票し、両党で全議席の約32%を占めた。1932年7月の選挙ではNSDAPが37.4%・230議席、KPDが14.5%・89議席となり、同年11月の選挙ではNSDAPが33.1%・196議席、KPDが16.9%・100議席となった。11月には両党だけで584議席中296議席を占め、ドイツ連邦議会の資料は、両党が国会で事実上の共同拒否権を持つ状態になったと説明している[57]。
こうした左右の反体制勢力の伸長は、議会における多数派形成にも影響した。1932年にはナチ党とドイツ共産党が合わせて国会の過半数に迫る議席を占めた。ドイツ連邦議会は、ドイツ共産党がソビエト連邦を模範とする共産主義独裁国家を志向し、NSDAPとともにヴァイマル共和政の民主的秩序に敵対していたと説明している[58]。
イスラエル
イスラエルでは、国全体を一つの選挙区として120議席を政党名簿に比例配分する全国一区の比例代表制が採用されており、2026年時点の阻止条項は有効投票の3.25%である[59]。
イスラエル民主主義研究所は、この全国一区比例代表制、比較的低い阻止条項、社会内部の政治的・宗教的・民族的分断が組み合わさることによって、クネセトが先進民主主義国の中でも政党分立の程度が高い議会となっていると説明している。2022年選挙では10の名簿が議席を獲得し、2026年4月時点では13会派が存在した[60]。同研究所は、多数の小政党が存在するため、単独政党による過半数確保が困難となり、政府形成には複数政党による連立が必要となることが多く、小規模な連立参加政党が政権形成や存続に大きな影響力を持つ場合があると指摘している[61]。
ACE Electoral Knowledge Networkも、比例代表制による政党分立の具体例としてイスラエルを挙げ、小規模な政党が政府形成にとって重要な存在となり得ることを指摘している。また、比例代表制では大政党が小政党との連立を必要とするケースとなると、少数の得票しか持たない政党が「政策に対する拒否権」に相当する強い影響力を得ることを、比例代表制に対する批判の一つとして説明している[54]。
イスラエルの全国一区制は、比例代表制の中でも選挙区定数が特に大きい制度である。ACE Electoral Knowledge Networkは、比例代表制では選挙区定数が大きいほど結果の比例性が高まり、小規模政党が議席を獲得しやすくなると説明し、イスラエルの全国120議席を一つの選挙区とする制度をその代表例として挙げている[62]。