北海中から社会人野球の札幌鉄道局を経て、1950年に新たに創立された国鉄スワローズに参加。
1年目は56試合に登板し、負けは22敗と多かったものの勝ち星は4完封を含める13勝を挙げ、チーム投手陣の中で1番の成績だった。1951年は31試合に登板するが4勝12敗と成績は振るわなかった。1952年は完封勝利の1勝しか挙げられず、1953年は1軍での登板がなかった。
1954年は中日ドラゴンズでプレーするが1軍登板は1試合に終わり、同年限りで現役を引退した。
1955年から1956年は社会人の札幌スターズでプレーした。