田村三郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
田村 三郎 | |
|---|---|
| たむら さぶろう | |
|
日本学士院により 公表された肖像写真 | |
| 生誕 |
1917年1月8日 |
| 死没 | 2015年12月4日(98歳没) |
| 居住 |
|
| 国籍 |
|
| 研究分野 | 農芸化学 |
| 研究機関 |
大陸科学院 東京帝国大学 東京大学 富山県立技術短期大学 東京農業大学 |
| 出身校 | 東京帝国大学農学部卒業 |
| 主な業績 |
微生物の生理活性物質から 化合物を単離し構造を決定 合成新幼若ホルモンを開発し 繭の大型化に成功 筍からジベレリンの一種の 単離に成功 |
| 主な受賞歴 | 日本学士院賞(1976年) |
| プロジェクト:人物伝 | |
田村 三郎(たむら さぶろう、1917年〈大正6年〉1月8日[1][2] - 2015年〈平成27年〉12月4日)は、日本の農芸化学者(生物有機化学)。位階は従三位。勲等は文化勲章。学位は農学博士(東京大学・1954年[2])。東京大学名誉教授、日本学士院会員、文化功労者。
満州国大陸科学院での勤務を経て、東京帝国大学農学部副手、東京大学農学部教授、富山県立技術短期大学学長、東京農業大学教授などを歴任した。
生い立ち
1917年(大正6年)、群馬県吾妻郡沢田村(現・中之条町)四万温泉で[1][2]旅館業を営む田村茂三郎の三男として生まれる[1]。1929年(昭和4年)上京し[1]、旧制武蔵高等学校を卒業[1]。1939年(昭和14年)東京帝国大学農学部農芸化学科を卒業[2]。
農芸化学者として
農芸化学者として生物有機化学を専攻した[1]。1949年(昭和24年)東京大学助教授、1962年(昭和37年)同教授[1][2]。昆虫、高山植物、微生物の成長や性に関する生理活性物質の化学構造を決定した。
1977年(昭和52年)に東京大学を退官し名誉教授の称号を贈られた[1]。その後東京農業大学教授、富山県立技術短期大学学長などを歴任[1]。1983年(昭和58年)より日本農芸化学会会長[2]。
1989年(平成元年)12月12日、日本学士院会員。1992年(平成4年)文化功労者。1999年(平成11年)文化勲章受章。2015年(平成27年)12月4日死去[3][4]。叙従三位[5][3]。