Wikiwand AI

留辺蘂町

日本の北海道常呂郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

留辺蘂町(るべしべちょう)は、北海道網走支庁に存在していた町。常呂郡に属した。

廃止日 2006年3月5日
廃止理由 新設合併
北見市、留辺蘂町端野町常呂町北見市
現在の自治体 北見市
日本の旗 日本
概要 るべしべちょう 留辺蘂町, 廃止日 ...
るべしべちょう
留辺蘂町
温根湯温泉

留辺蘂町旗

留辺蘂町章
廃止日 2006年3月5日
廃止理由 新設合併
北見市、留辺蘂町端野町常呂町北見市
現在の自治体 北見市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 網走支庁
常呂郡
市町村コード 01551-2
面積 564.69 km2
総人口 8,704
(住民基本台帳人口、2005年12月末日)
隣接自治体 北見市常呂郡置戸町
佐呂間町訓子府町
紋別郡遠軽町
上川郡上川町
河東郡上士幌町
町の木 アカエゾマツ
町の花 エゾムラサキツツジ
留辺蘂町役場
所在地 091-8666
北海道常呂郡留辺蘂町字上町61番地
座標 北緯43度47分18秒 東経143度36分55秒
北海道内における留辺蘂町の位置
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示
閉じる

概略

町名はアイヌ語の「ルペパ」ru-pes-pa [道・それに沿って下る・もの(川)] より来ている。市街に北から入る東無加川と大久保川が佐呂間町方面へ抜ける「ルペパ」であったとされる。かつては北見市の一部であった。

白花豆の生産、温根湯温泉を中心とする3つの温泉地、高さ20mと世界一の大きさの鳩時計「果夢林」、日本最大の淡水魚・イトウなどが見られる山の水族館などが観光のメイン。

第二次世界大戦の前には、アジア最大の水銀鉱山・イトムカ鉱山(昭和14年から昭和48年まで操業)があった場所として、また日本で唯一の水銀などの回収を行う企業の工場(イトムカ鉱山の技術者がそのまま登用された)があるとして知られている。

また、以前は温根湯温泉にある「北きつね牧場」や、石北峠の近くにある「北海道きつね村・トナカイ観光牧場」など、キタキツネが放し飼いになっている観光牧場も観光客に人気があった。

石北本線の常紋信号場常紋トンネル付近は、SLブーム当時から現在に至るまで鉄道ファンが撮影に訪れることで有名。常紋トンネルは、建設当時、全国から集められたタコ部屋労働者たちの犠牲の上に完成したことでも知られている。

2006年平成18年)3月5日に、北見市・端野町常呂町と合併し、北見市となった。

合併に至るまで

当時の北見市は常呂川流域1市5町の枠組みで合併する形を求めたが、留辺蘂町・訓子府町置戸町は北見市に吸収されることを恐れ離脱した。

その後、当時の町長だけが訓子府町と置戸町を交えて協議を進めていた。留辺蘂町・訓子府町・置戸町の中で留辺蘂の人口は一番多く、ある程度留辺蘂が主導権を握れ、町民の多くも3町での枠組み賛成の声はあった。ところが、町議は「北見市との合併を求める」が多く、離脱せざるを得なくなった。

北見市の協議入りを果たし、住民投票は賛成が反対を上回り合併に至った。

地理

町は大きく分けて、町役場留辺蘂駅などがある留辺蘂地区と、明治32年に開湯した温根湯温泉を中心とする温根湯地区の2つに分けられる。町内を走る主な交通路は、国道39号線と国道242号線、それに石北本線などである。

隣接していた自治体

沿革

地名の変遷

留辺蘂町では1940年1月1日に北海道庁告示第2291号をもって字名改正が実施された。その内容は以下のとおりである。このうち花園、瑞穂、丸山の3字はかつて佐呂間村域であり1917年に境界変更を行って編入した地域である[2]

さらに見る 旧字一覧, 新たに画する字町 ...
字名改正対照表[3]
旧字一覧
武華村 留辺蘂、ルベスベ、オンネナイ、ヲンネナイ、オン子ナイ、ヲン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野、ムカ、武華原野、ムカ原野、武華原野市街二條通一丁目、武華市街、武華市街一條通三丁目、武華市街二條通二~三丁目、武華市街三条通一・三~四丁目、武華市街地、武華市街地一~三條通一~四丁目、武華市街地二丁目、ムカ市街地、ムカ市街地二條通四丁目、ムカ市街地三條通一・四丁目、中武華市街、中武華密居宅地基線、中武華密居宅地基線通、中武華密居宅地一條通、中武華密居基線通、ポンムカ、ポンムカ原野、奔武華市街地、奔無加市街地、上ポンムカ原野、オンネユ、オンネユオペツカウシ、相ノ内
佐呂間村 サロマベツ、サロマベツ原野、サルマベツ原野、上サロマ、上佐呂間、サマツケサロマ、プトイサロマベツ、プトイサロマベツ川上流、チライオツ
新たに画する字町 区域(旧字:常呂郡留辺蘂町字)
宮下町 留辺蘂、ルベスベ、ムカ、相ノ内
元町 留辺蘂
東町 留辺蘂、オン子ナイ
仲町 留辺蘂、オン子ナイ
上町 留辺蘂、オンネナイ、オン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野
栄町 オンネナイ、オン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野
花園 上サロマ、サロマベツ、サロマベツ原野
瑞穂 サロマベツ、サロマベツ原野、チライオツ
丸山 サロマベツ、サロマベツ原野、サルマベツ原野、チライオツ、上佐呂間、サマツケサロマ、プトイサロマベツ、プトイサロマベツ川上流
豊金 留辺蘂、ルベシベ、ムカ原野、ポンムカ
留辺蘂、ポンムカ、ムカ原野、オンネナイ、ヲンネナイ、オン子ナイ、ヲン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野
金華 ポンムカ、ポンムカ原野、上ポンムカ原野、奔武華市街地、奔無加市街地
大富 ムカ原野、オンネナイ、オン子ナイ、オンネナイ原野
花丘 ムカ原野、オン子ナイ、オンネユ、オンネユオペツカウシ
昭栄 ムカ、ムカ原野、オンネナイ、オン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野
川北 ムカ原野
温根湯 ムカ、ムカ原野、武華原野市街二條通一丁目、ムカ市街地、ムカ市街地二條通四丁目、ムカ市街地三條通一・四丁目、武華市街、武華市街一條通三丁目、武華市街二條通二~三丁目、武華市街三条通一・三~四丁目、武華市街地、武華市街地一~三條通一~四丁目、武華市街地二丁目
松山 ムカ、ムカ原野
平里 ムカ、ムカ原野、武華原野
大和 ムカ、ムカ原野、武華原野
滝の湯 ムカ、ムカ原野、武華原野
厚和 ムカ原野、武華原野、中武華市街、中武華密居宅地基線、中武華密居宅地基線通、中武華密居宅地一條通、中武華密居基線通
富士見 ムカ原野、武華原野
閉じる

1949年7月1日置戸町幸岡の一部を編入し富岡に、また1958年1月1日北見市西相内を編入し泉になった。両字とも各々で改正されて新設された字であり、泉に関しては編入した時は北見市西相内であったが元々は1957年まで北見市泉であり、相内村の時代に新設された字名である。両字の改正前の小字については「置戸町#地名の変遷」「相内村 (北海道)#地名の変遷」を参照。

その後2006年に北見市に編入。この際に新たに複数の字町名が設定・改称され、全ての字町に旧自治体名を冠し「北見市留辺蘂町○○」となった。

さらに見る 新たに画する字町(北見市留辺蘂町), 区域(旧字町:常呂郡留辺蘂町) ...
北見市編入に伴う字名改正
新たに画する字町(北見市留辺蘂町) 区域(旧字町:常呂郡留辺蘂町) 旧自治体名を冠さず廃止された字町の名称
温根湯温泉 温根湯 温根湯
旭東
旭中央 旭、栄町
旭南
旭公園
旭北
旭西
旭1区
旭3区
閉じる

経済

産業

農業、林業、観光業が主な産業。 タマネギ小麦などを生産。

教育

高等学校

道立

中学校

町立

小学校

町立

交通

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

世界一の大きさの鳩時計「果夢林(かむりん)」(2004年6月)

観光

祭り

  • 温根湯つつじまつり(毎年5月上旬)
  • 温根湯温泉まつり(毎年8月の第1土曜・翌日曜の2日間)

出身有名人

参考文献

  • 緒方富雄ほか編 『医学の動向 第22集 : 地方病研究の動向』 金原出版、1958年、141頁。

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks