畠山亜希子
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1989年にさわやか杯(全国都道府県対抗中学バレーボール大会)に出場しオリンピック有望選手に選出された[1]。
市立川越商業高校(現・市立川越高等学校)では全国大会に出場。1学年下には田中姿子がいる[2]。
嘉悦女子短期大学卒業後、南ミシシッピ大学に留学。その後テンプル大学に編入し、1997年のNCAA女子選手権初出場に貢献した[3]。
1999年にテンプル大学を卒業し、プロバレーボール選手として各国でプレー。2002年には1シーズンのみアメリカに存在したプロバレーボールリーグのUSPVでプレーした。同年はギリシャで、2003年には林田咲子とともにオランダでプレーした初の日本人選手となった[4]。
2011年に引退しテンプル大学のコーチに就任した[3]。
2021年、V.LEAGUE DIVISION1に所属する埼玉上尾メディックスの通訳に就任した[5]。2022年に退団[6]。
人物
- 全米バレーボールコーチ協会会員、日本バレーボール指導者協会理事である[3][7]。