近世には右岸を宮城郡、左岸を名取郡とする郡の境界で、白沢川左岸には今の国道457号にあたる山道がついていた。広瀬川上・中流域の両岸は概ね宮城郡に属すが、河岸の地形が険しくて川沿いよりも山越えのほうが接近しやすいような所では、広瀬川に名取郡との境界が引かれた。白沢川の北西の山がそのような地形であったため、そこは広瀬川の岸まで名取郡となり、川の南東側では背後の山を両郡の境とした。その基準の変わり目をつなぐ線が、白沢川の細流に置かれたのである。
江戸時代には、仙台からみて西道と呼ばれた今の国道48号に白沢川橋があった[1]。
1955年(昭和30年)に合併によって宮城郡宮城村が成立したとき、宮城村は名取郡秋保村から白沢川左岸の地を譲られた。