盛岡てがみ館
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MORIOKA MUSEUM OF LETTERS | |
|---|---|
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| 施設情報 | |
| 正式名称 | 盛岡てがみ館 |
| 専門分野 | 手紙 |
| 来館者数 | 5,993人(2017年度) |
| 館長 | 平政光 |
| 事業主体 | 盛岡市 |
| 管理運営 | 盛岡市文化振興事業団 |
| 延床面積 | 494.07平方メートル(専有面積) |
| 開館 | 2000年6月1日 |
| 所在地 |
〒020-0871 |
| 位置 | 北緯39度42分00.3秒 東経141度09分17.0秒 / 北緯39.700083度 東経141.154722度座標: 北緯39度42分00.3秒 東経141度09分17.0秒 / 北緯39.700083度 東経141.154722度 |
| 最寄駅 | JR東日本・IGRいわて銀河鉄道盛岡駅 |
| 最寄バス停 | 盛岡バスセンター |
| 最寄IC | 東北自動車道盛岡IC |
| 外部リンク |
www |
| プロジェクト:GLAM | |
盛岡てがみ館(もりおかてがみかん)は、岩手県盛岡市にある博物館。盛岡にゆかりのある著名人やこれらの者にまつわる人々の書簡、日記及び原稿といった資料の収集、保存及び展示を行うとともに、資料の調査研究を行っている[1]。
1973年に亡くなった吉田孤羊は、石川啄木の研究者として知られる一方、文人や歌人らの書簡や原稿を数多く収集しており、その数は700点以上にも及んでいた[2]。1993年、吉田孤羊の妻ミチや盛岡市民有志の盛岡手紙館準備会は、これらの収集品のほか、著名作家らの書簡や直筆原稿を加えた9,465点にも及ぶ資料を盛岡市に寄贈した。盛岡市は、1995年に策定した「第三次盛岡市総合計画」の中で、これらの資料を研究及び展示する盛岡てがみ館整備事業を推進し、2000年6月1日に市内中ノ橋通に新設された複合施設「プラザおでって」6階に「盛岡てがみ館」がオープンした。なお、プラザおでっての場所は、1984年まで盛岡郵便局(1987年に盛岡中央郵便局に改称)が建っていた場所であり、「てがみ館」という名称もその影響を受けている[3]。
収蔵資料は、開館前の1998年末の時点で11,405点[2]、開館後の2005年12月時点で約45,000点となっている[4]。
展示内容
入館者の推移
各年度の入館者数(有料入館者と無料入館者の合計)は以下のとおり[5]。
| 2000年度 | 2001年度 | 2002年度 | 2003年度 | 2004年度 |
|---|---|---|---|---|
| 7,985人 | 3,575人 | 6,057人 | 6,524人 | 4,619人 |
| 2005年度 | 2006年度 | 2007年度 | 2008年度 | 2009年度 |
| 6,767人 | 9,141人 | 7,282人 | 7,499人 | 6,352人 |
| 2010年度 | 2011年度 | 2012年度 | 2013年度 | 2014年度 |
| 5,169人 | 3,539人 | 4,110人 | 3,899人 | 5,400人 |
| 2015年度 | 2016年度 | 2017年度 | ||
| 6,242人 | 5,310人 | 5,993人 |
歴代館長
- 佐々木和夫
- 八木橋哲男
- 田鎖壽夫
- 古水一雄
- 川村敏明
- 佐藤恭孝
- 磯田望
- 平政光