相浜駅 日本の領有下の樺太豊栄郡栄浜村にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて相浜駅(あいはまえき)と呼ばれていたソヴィエツコエ駅(ロシア語: Станция Советское)は、日本統治時代は樺太豊栄郡栄浜村に存在し、現在のロシア統治下では極東連邦管区サハリン州ドリンスキー地区(ロシア語版)ソヴィエツコエ(ロシア語版)にある、ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部の駅である。 所在地 極東連邦管区サハリン州ドリンスキー地区(ロシア語版)ソヴィエツコエ(ロシア語版)北緯47度30分7秒 東経142度40分34秒駅番号 99240所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種別 旅客・貨物駅概要 ソヴィエツコエ 相浜駅, 所在地 ...ソヴィエツコエ相浜駅 駅舎 Советское ◄リェービチ ポドレスナヤ► 所在地 極東連邦管区サハリン州ドリンスキー地区(ロシア語版)ソヴィエツコエ(ロシア語版)北緯47度30分7秒 東経142度40分34秒駅番号 99240所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種別 旅客・貨物駅駅名変遷 1928年-1946年 : 相浜駅所属路線 コルサコフ-ノグリキ線キロ程 107.5 km(コルサコフ港起点)開業年月日 1927年11月20日テンプレートを表示閉じる 歴史 1927年(昭和2年)11月20日 - 樺太鉄道落合駅 - 知取駅間(170.5キロメートル)開業により設置。 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。 1946年(昭和21年) 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「ソヴィエツコエ サハリンスコエ」。 駅名の由来 当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「アイ」(鏃(やじり)の意味、鏃のような形の山があることから)、「アイ・ウン・ナイ」(イラクサが群生している川)のアイに海岸沿いであることから「浜」の字を合わせたもの[1]。 運行状況 現在はユジノサハリンスク駅とチーハヤ駅、トマリ駅発着の1往復、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急1往復のみ停車する。 日本統治時代 (1944年当時[2]) 上りは大泊駅行き3本と、落合駅行き2本、下りは白浦駅行きが2本と上敷香駅行きと知取駅、敷香駅行き各1本であった。夜行列車は通過していた。 隣の駅 ロシア鉄道 コルサコフ-ノグリキ線 リェービチ駅 - ソヴィエツコエ駅 - ポドレスナヤ駅 日本統治時代 鉄道省樺太鉄道局 樺太東線 白鳥湖駅 - 相浜駅 - 富浜駅 脚注 [脚注の使い方][1]南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)、栄浜村のページより [2]南樺太:概要・地名解・史実 p.60 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks