元禄5年(1692年)12月15日、佐竹家の次男として、将軍徳川綱吉に御目見する。元禄9年(1696年)7月25日、陸奥相馬中村藩主・相馬昌胤の婿養子となる。同年7月28日、将軍徳川綱吉に御目見する。同年12月22日、従五位下図書頭に叙任する。元禄14年(1701年)2月11日、養父・昌胤の隠居にともなって、家督を相続した。宝永5年(1708年)5月15日、長門守に遷任。宝永6年(1709年)6月5日、隠居し、養子・尊胤(実父は昌胤)に家督を譲った。正徳元年(1711年)4月20日、中村において死去、35歳。