相馬村 (青森県)

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廃止日 2006年2月27日
廃止理由 新設合併
相馬村、弘前市、岩木町弘前市
現在の自治体 弘前市
日本の旗 日本
そうまむら
相馬村
舟打鉱山の鉱道跡
舟打鉱山の鉱道跡
相馬村旗 相馬村章
相馬村旗 相馬村章
廃止日 2006年2月27日
廃止理由 新設合併
相馬村、弘前市、岩木町弘前市
現在の自治体 弘前市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
中津軽郡
市町村コード 02342-6
面積 103.54 km2
総人口 3,818
推計人口、2006年2月1日)
隣接自治体 弘前市岩木町西目屋村大館市
村の木 カツラ
村の花 フクジュソウ
村の鳥 カッコウ
相馬村役場
所在地 036-1592
青森県相馬村大字五所字野沢41-1
座標 北緯40度35分07秒 東経140度23分50秒 / 北緯40.58531度 東経140.39717度 / 40.58531; 140.39717 (相馬村)座標: 北緯40度35分07秒 東経140度23分50秒 / 北緯40.58531度 東経140.39717度 / 40.58531; 140.39717 (相馬村)
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相馬村(そうまむら)は、かつて青森県中津軽郡におかれていた2006年2月27日弘前市および岩木町と新設合併して新たな弘前市となり廃止となった。現在は弘前市相馬地区となっている[1]

隣接していた自治体

歴史

経済

基幹産業はりんご稲作[2]。りんご栽培が主力になる前の江戸時代から昭和初期にかけては、木炭の生産が盛んであった[2]

りんご栽培

村内でりんご栽培が始まったのは明治期で、昭和30年頃からは秣場の払い下げをきっかけに急速にりんご園の開墾が進んだ[2]。その後も増産が続き、1992年には年生産量が100万箱となった[2]

稲作

1975年(昭和50年)にはライスセンターが建設され、それまで棒架が主流であった乾燥作業が省力化された[3]。1978年(昭和53年)にはライスセンター併設のものとしては全国初となるグリーンサイロが設けられた[3]。1978年の米生産量は20,064俵で、以降は減少が続き2003年には5,574俵となった[2]。1999年3月には村内10の稲作集団栽培組合を一本化して相馬村稲作生産組合「ライスロマンクラブ」が発足した[4]

鉱業

1962年までは舟打鉱山があった。

教育

名所・旧跡・観光スポット

交通

祭事・催事

出身有名人

その他

  • 本村は「昭和の大合併」の時、弘前市に合併される案が出たが、当時の宮川相馬村長が『利点無し』として、この時は合併しなかった[5]。前述の通り、本村は「平成の大合併」で弘前市に合併されている。

脚注

関連項目

外部リンク

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