相馬郡 (下総国)
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歴史
平安時代末期に相馬郡の荘園の大部分が伊勢神宮に寄進されたため相馬御厨として文献に登場する。相馬御厨の税収管理権は千葉氏にあったようであるが、これを巡って上総氏などと争っている。千葉常胤の代に千葉氏による下総国の支配権が確定した後は二男相馬師常に相馬御厨が相続され、以降師常の子孫が相馬氏を名乗った。
なお、現在福島県に存在する相馬郡は、中世下総国相馬郡より起こった千葉氏の一族相馬氏に由来するものである。相馬氏第2代の相馬義胤が軍功によって陸奥国行方郡(現在の福島県南相馬市および飯舘村)に地頭職を得、第11代の相馬重胤が行方郡に土着したとされる。
→「相馬郡 § 歴史」も参照
従って現在の茨城県の旧北相馬郡域、千葉県の旧東葛飾郡域と福島県の旧相馬郡域の歴史的な関係は深く、1977年(昭和52年)に千葉県流山市と相馬市が姉妹都市関係を結ぶなど、現在に至るまで交流が続いている。2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)においては、茨城県取手市が南相馬市との災害時協定に基づいて避難者の受け入れや支援などを行ったほか、千葉県我孫子市も相馬市に対して支援物資の提供等を行っている。
近代以降の沿革
- 所属町村の変遷は北相馬郡#郡発足まで沿革、南相馬郡#郡発足までの沿革をそれぞれ参照

