真駒内川
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| 水系 | 一級水系 石狩川 |
|---|---|
| 種別 | 一級河川 |
| 延長 | 20.8 km |
| 平均流量 |
-- m3/s (真駒内常磐[1]) |
| 流域面積 | 37.1 km2 |
| 水源 | 万計沼(札幌市南区)[注 1] |
| 水源の標高 | 912.2 m |
| 河口・合流先 | 豊平川(札幌市豊平区) |
| 流域 | 北海道札幌市 |
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| Geoshapeリポジトリ 国土数値情報河川データセット | |
|---|---|
| 真駒内川 8101030060 石狩川水系 地図 真駒内川流路 | |
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真駒内川(まこまないがわ)は、石狩川水系豊平川の支流で、北海道札幌市南区を流れる河川である[2]。長さ約21 km(キロメートル)、流域面積は約37 km2(平方キロメートル)ある[3]。平均河床勾配1/60の急流であり[4]、下流側15 kmの区間は北海道が管理する一級河川に指定されている[5][6]。豊平川の支流としては、流路延長約41 kmの厚別川に次いで長い河川である。
北海道札幌市南区簾舞の空沼岳(標高約1,251メートル)の北にある万計沼(ばんけいぬま)に源を発する[注 1]。この上流部は万計沢とも呼ばれている。山中で他の沢をいくつか合わせながら南区常盤まで北東に流れる。そこで北に向きを変え、南区芸術の森を左岸に、常磐地区を右岸に北流し、南区石山東を通り、真駒内地区で北海道立真駒内公園敷地内を流れて、豊平川に架かる五輪大橋と
札幌市から南に外れ、丘陵地で平地に乏しいこともあって流域の開発は遅れていた。現在は、国道453号の便によって常盤地区の北部まで住宅地に変わりつつある[15][16]。下流部の真駒内地区では谷のほかに、丘の上も宅地化されている。川は合流点付近で道立真駒内公園の中を流れ、遡行したサクラマスが毎年産卵する[17][18]。
歴史


流域への和人の本格的な入植は、1877年(明治10年)に開拓使が真駒内牧牛場(のちの北海道庁畜種場)を設置したことに始まる[19]。二年後の1879年(明治12年)には、牧牛場で利用する水を真駒内川から調達するため約4キロメートルの真駒内用水が開削された[20]。この用水は牧牛場を経由して東隣を北流する精進川まで続いており、のち1894年(明治27年)に精進川から取水する四箇村聯合用水路の整備が始まると、豊平村・平岸村・白石村・上白石村の水田開発と灌漑に、精進川を介して真駒内川から安定した水量を供給する要路として改良工事が施された[20]。
流域の開発が遅れていたこともあり、真駒内川の本格的な治水工事は第二次世界大戦後になっておこなわれ、1960年代に流路が直線化された[要出典]。
その後、1981年(昭和56年)8月の台風15号の影響による洪水被害を契機に新たに「真駒内川いきいき計画」(1987年(昭和62年)立案)を策定[21]、豊平川合流点から常磐1号橋をまでを事業区間として、河川改修を開始した[22][23]。また、1991年(平成3年)からは前年の旧建設省「多自然型川づくり」通達に基づいた下流部の再改修がおこなわれた[4][24][25]。さらに1999年(平成11年)からは真駒内1号橋から常磐1号橋までの中流区間の再改修が検討された。この際には1997年の河川法改正を受けて住民参加が求められたことから、真駒内川対策協議会「真駒内川を考える会」が設立されて説明会や現地見学会をおこない[26]、地元意見の集約が目指された[27][28]。1991年以降の真駒内川の河川改修においては既設の落差工の撤去や斜路工への改築、浅瀬や淵を形成し河床の砂礫堆積を促進する工法の採用、河畔林の保全など、洪水防止と同時に魚類生息環境や景観の保全を含む自然環境の復元が目指されている[29][30][31]。


