東日本橋
東京都中央区の地名
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概要
歴史
現在の東日本橋に当たる区域は、江戸開府以来交通の要所として栄え、歓楽街であった。史跡も数多く残る。明治時代までは薬研堀があり、その大川口には元柳橋が架けられていた。古典落語などに度々登場する伝統的な区域である。近世以前の「両国」は隅田川西岸の大橋西詰に当たるこの付近を指していた。かつては両国広小路が置かれていた地であり、現在は記念碑が設置されている。現在の中央区日本橋地域、東京市時代の日本橋区が公的に日本橋と呼称される以前から、「日本橋」の名称と共に「両国」の名称が頻繁に使われていた。大元の両国であることを表す「元両国」という呼称もある。
1971年(昭和46年)4月、日本橋村松町・日本橋若松町・日本橋矢ノ倉町・日本橋薬研堀町・日本橋米沢町(以上現:東日本橋一丁目)、日本橋両国(現:東日本橋二丁目)、日本橋橘町(現:東日本橋三丁目)を併せ住居表示を行い新町名・東日本橋が成立した。東日本橋という地名は、この際に命名されたものである[5]。
沿革

旧町名
- 現1丁目
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- 現2丁目
- 日本橋両国
- 現3丁目
- 日本橋橘町
世帯数と人口
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2025年4月現在)[12]。
- 区域 : 一丁目、二丁目、三丁目 各全域
- 小学校 : 中央区立久松小学校
- 中学校 : 中央区立日本橋中学校
交通
事業所
施設
その他
日本郵便
- 郵便番号 : 103-0004[3](集配局 : にほんばし蔵前郵便局[15])。
