石垣広文

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生年月日 (1963-02-20) 1963年2月20日(62歳)
出生地 日本の旗 日本山形県
民族 日本人
身長 168 cm
いしがき ひろふみ
石垣 広文
生年月日 (1963-02-20) 1963年2月20日(62歳)
出生地 日本の旗 日本山形県
民族 日本人
身長 168 cm
職業 スタントマン俳優
ジャンル アクション俳優
活動期間 1980年代 - 2016年2022年 -
配偶者 あり
事務所 ジャパンアクションエンタープライズ (最終所属)
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石垣 広文いしがき ひろふみ[1][2]1963年昭和38年〉[2]2月20日[出典 1] - )は、日本の俳優スタントマン殺陣師アクション監督ジャパンアクションエンタープライズ(JAE)に所属していた。山形県出身[出典 2]

趣味はオートバイ、特技は水泳[6][1]、スキューバダイビング[1]

高校卒業後、1981年にジャパンアクションクラブ(現JAE)に入門(第12期)[出典 3]。同期には蜂須賀祐一蜂須賀昭二兄弟がいる[4]

1980年代から1990年代にかけて、スーパー戦隊シリーズにてスーツアクターとして活躍。戦隊ヒーローでのデビュー作は『超獣戦隊ライブマン』(1988年)のブラックバイソン役。主に小柄なヒーローを演じることが多く、後年は敵幹部役も務めていた。

つかこうへいの舞台で活躍していた春田純一に憧れて1990年代後半から舞台の芝居を学び始める[5][4]。その後作品制作へ魅力を感じたことや年齢的な問題からスタントコーディネートやアクションコーディネートへと転向した[5][4]。俳優としては『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)で引退したと述べている[5][4][注釈 1]

忍風戦隊ハリケンジャーVSガオレンジャー』(2003年)や『爆竜戦隊アバレンジャーVSハリケンジャー』(2004年)でアクション監督の竹田道弘の補佐等を務め、『特捜戦隊デカレンジャー』(2004年)のメイン監督の渡辺勝也が「まだ勉強中だから」と断ろうとする石垣に対し「(アクション監督の)勉強したいならくればいいじゃん」という誘いによりテレビシリーズのメインアクション監督に就任[5]。以後、スーパー戦隊シリーズでは『海賊戦隊ゴーカイジャー』(2011年)までを担当し[3]仮面ライダーシリーズでは『仮面ライダーウィザード』(2012年 - 2013年)から『仮面ライダードライブ』(2014年 - 2015年)までを担当した。

2016年5月に「いらない!」と言われJAEを退社[7][8]。そしてVシネマドライブサーガ 仮面ライダーチェイサー』がアクション監督を務める最後の作品となった。

2022年、特撮テレビドラマ『武蔵忍法伝 忍者烈風』にてスーツアクターとして復帰[9]

出演

テレビドラマ(出演)

特撮テレビドラマ(出演)

映画(出演)

Vシネマ(出演)

イベント(出演)

  • JAE NAKED LIVE「がんばろう 日本!」(2011年) - ゲスト出演

アクション監督

特撮テレビドラマ(アクション監督)

テレビスペシャル

映画(アクション監督)

オリジナルビデオ、ネットムービー(アクション監督)

舞台(アクション監督)

  • つかこうへいダブルス「飛龍伝2001」(2001年)
  • つかこうへいダブルス「幕末純情伝」(2003年)
  • つかこうへいダブルス「飛龍伝」(2003年)
  • つかこうへい作・演出「寝取られ宗介」(2003年)

CM(アクション監督)

  • カゴメ 「バランス戦隊ベジレンジャー ベジレンジャー隊長、なう」編(Webサイト)(2012年) - ポージング指導[21]

PV(アクション監督)

脚注

参考文献

外部リンク

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