石家河遺跡
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天門市石家河鎮の北側に位置する石家河遺跡は、東西約1100m、南北1200mで、平面はほぼ正方形である。周囲をめぐる城壁は、西壁および南壁の西側部分の保存状態が良好で、南壁東側部分と北壁にかなり大きな欠落がある。城壁の幅は基底部で約50mあり、盛り土工法で築かれたと判断される。城壁を取りまくように、幅60m - 100mの濠がめぐり、その外側におそらく濠を掘ったときの土を利用して築いたとみられる台がいくつか確認されている[1]。
城内では多くの住居跡が集中した居住区、墓地、さらに何らかの宗教的活動をおこなったとみられる遺跡が発見されている[1]。強力な首長や王の存在を示す宮殿建築物は発見されていない[2]。やや小高い鄧家湾や譚家嶺地区が居住域となっている[3]。居住区では、日干しレンガを積んだ厚さ1mの壁と大きな柱穴が密集しているのが発見された[1]。また宗教遺跡では、特殊な建築物の遺構が見つかったほか、動物をかたどった土器が数千点、さらに魚を抱く人の像が100点以上出土している[4]。
遺跡内の鄧家湾32号墓や肖家屋脊7号墓では、二層台[注釈 1]の構造がみられるほか、多量の土器が副葬されている。鄧家湾32号墓では、10歳くらいの少年が埋葬されているが、片刃石斧とともに40個以上の土器が二層台上と棺内に分けて副葬されている。肖家屋脊7号墓の被葬者は男性であり、威信財である石鉞を持つとともに、106個の副葬品が副葬されている[5]。
脚注
参考文献
- 黄石林、朱乃誠『中国文化史ライブラリー 中国考古の重要発見』高木智見訳、日本エディタースクール出版部、2003年。ISBN 4-88888-330-0。
- 宮本一夫『中国の歴史01 神話から歴史へ 神話時代 夏王朝』講談社、2005年。ISBN 4-06-274051-6。