戦国時代の武士・豊間根氏の同族である石峠氏(古くは「石至下」とも記した)の本拠地で、津軽石川(豊間根川)と荒川川の合流点北西の台地上に位置する[3]。史料上での城主に豊間根家任の名が知られる[1]。中世から近世にかけての居館跡が残っており、北側には山からの沢を利用した水掘の跡がみられる。
この地に土着した安倍氏が永禄年間(1558~69年)に、峠に石垣を築いて襲撃に備えたと伝承されている(『豊間根文書』)。
なお、天正11年(1583年)の払川館主・一戸行重の謀殺事件で、随行して討死したものの中に石峠八郎なる者がいる[4]。