石橋貢

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1957-05-05) 1957年5月5日(67歳)
身長
体重
184 cm
78 kg
石橋 貢
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 島根県出雲市
生年月日 (1957-05-05) 1957年5月5日(67歳)
身長
体重
184 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手外野手
プロ入り 1979年 ドラフト外
初出場 1981年9月1日
最終出場 1991年4月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

石橋 貢(いしばし みつぐ、1957年5月5日 - )は、島根県出雲市[1]出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

大社高では2年まで三塁手、3年次は同期のエース曽田康二を擁し、三番打者、捕手として1975年夏の県大会を勝ち抜き、山陰大会決勝に進出。しかし江の川高崎山嗣盛投手(阪神)に抑えられ、甲子園出場を逸する。

高校卒業後は、神奈川大学に進学し再び内野手に転向。神奈川(五)六大学野球リーグでは在学中5回優勝。大学同期(中退)に平川洋幸がいた。4年の春秋でベストナイン、秋は首位打者、打点王[2]

1979年オフに、ドラフト外横浜大洋ホエールズに入団。

大学時代は四番を打った俊足強打の内野手であり、大洋でも主に三塁手として起用され、1982年にはイースタン・リーグ盗塁王を獲得した[1]1985年外野手に転向して一軍に定着。主に代走・守備要員として起用されるが、5試合に右翼手として先発出場を果たす。その後も準レギュラーとして活躍し、1988年には自己最高の19試合に先発。同年は2試合に一番打者としても起用されるが、今一つアピールポイントに欠け定位置は確保できなかった。1990年オフにヤクルトスワローズに金銭トレードにて移籍。翌1991年限りで現役を引退。

人物

  • 通算本塁打数は6本であるが、1988年5月28日の対阪神戦(甲子園)にスタメン出場し、ゲーム3本塁打(2回ソロ、6回3ラン・投手山本和行、7回2ラン・投手中西清起)という記録を残している(なお、この試合大洋は8-10で敗れている)。
  • 引退後は横浜での会社勤務を経て地元でブドウ農家を継いでいる。また、公益社団法人全国野球振興会島根県幹事を務めている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1981 大洋 10440000000000000030.000.000.000.000
1982 101286300030000030120.375.583.375.958
1983 231293000000100030040.000.250.000.250
1984 2422202310041111010070.150.190.200.390
1985 8267572692011441240501141.158.238.246.484
1986 7775677194102534120610120.284.342.373.716
1987 92676311141112093211200111.222.242.317.560
1988 8096742320413351043511511190.270.396.473.869
1989 687663141731125470201120170.270.378.397.775
1991 ヤクルト 1000000000000000000----------------
通算:10年 46743136592851546126312191524643892.233.322.345.667

記録

背番号

  • 51 (1980年 - 1990年)
  • 23 (1991年)

脚注

関連項目

外部リンク

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