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石黒翔也

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1996-09-18) 1996年9月18日(29歳)
所属 ボンサイ柔術 → CARPE DIEM → ARTA BJJ
石黒 翔也
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1996-09-18) 1996年9月18日(29歳)
出身地 静岡県袋井市
所属 ボンサイ柔術 → CARPE DIEM → ARTA BJJ
階級 ライトフェザー級
バックボーン ブラジリアン柔術 (黒帯)
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石黒 翔也(いしぐろ しょうや、1996年9月18日 - )は、日本柔術家、グラップラー静岡県袋井市出身。

ボンサイ柔術時代

掛川工業高校常葉大学卒業。PRIDE好きの父の影響で、小学6年生からボンサイ柔術でブラジリアン柔術を始める[1]

2013年4月10日、アラブ首長国連邦アブダビで開催されたアブダビ・ワールドプロ2013に合わせて開催されたワールド柔術キッズ杯に出場。初戦敗退となるが対戦相手が優勝し、世界で活躍する柔術家を目指すきっかけとなる[2]

2015年6月、世界柔術選手権にてアダルト青帯ライトフェザー級準優勝[3]

2017年6月、世界柔術選手権にてアダルト紫帯ルースター級準優勝[1]

2018年、アブダビ・ワールドプロ2018に出場(アダルト紫帯-62kg級)。準決勝まで勝ち進むも決勝戦で口に相手の膝が入り、出血でドクターストップとなり準優勝[4]

同年、大学4年生の石黒は専業柔術家として生活したいと考えていたが、地元およびボンサイ柔術では経済的に困難であった。大学卒業後に上京し、CARPE DIEMに移籍することを考え、所属先であるボンサイ柔術の講師陣に伝えるも、家族のような関係性を重視していた講師陣に受け入れられず、大学在学中に事実上の破門状態となる。その後、FacebookのDMでCARPE DIEM代表の石川祐樹に連絡し、急遽上京。CARPE DIEMに移籍[5]

CARPE DIEM時代

2019年、アブダビ・グランドスラム東京にてアダルト茶帯-62kg級優勝[6]

2019年、アジア柔術選手権にてアダルト茶帯ライトフェザー級優勝[7]

2019年12月8日、黒帯を取得[8]

2020年、全日本ブラジリアン柔術選手権にてアダルト黒帯フェザー級優勝[9]

2021年7月13日、後楽園ホールで開催されたQUINTET FIGHT NIGHT 7 in TOKYOでグラップリングデビュー。スペシャルシングルマッチで高橋“SUBMISSION”雄己と対戦し判定勝利[10]

2021年8月8日、全日本ブラジリアン柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級優勝[11]

2022年1月10日、IRE(今成ロール・エクスタシィ) のメインイベントで今成正和と対戦し、オーバータイムで石黒が今成の足関節から脱出し勝利[12]

2022年2月、自身の柔術テクニック動画を配信するサブスクリプション「SHOYA ONLINE」のサービスを開始[13]

2024年3月15日、ONE初参戦となったONE Friday Fights 55にて寒河江寿泰に判定勝利[14]

2024年5月24日、ONE Friday Fights 64にてブルーノ・アセベドにヒールフックを極めてサブミッション勝利。リング上のインタビューでは流暢な英語で「最初はレッグロックを狙ったけど、10分以内にいけるか、危ないな、アタックしようと。とにかくこの人を極めないといけないと思い、ヒールフックで行けた。だからすごく幸せで、ここに来れて嬉しい。相手はタフガイだった」と答え、35万バーツ(約150万円)のボーナスを獲得した[15]

2024年6月、グラップリングの教則動画を販売する「グラップリングスクール」のサービスを開始[16]

2024年6月29日、アジア柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級に出場し、3試合オール1本勝ちで優勝[17]

2024年7月、朝倉海のグラップリングコーチに就任。同年12月7日のUFC 310でセコンドとして帯同した[18]

2024年9月20日、ONE Friday Fights 80にて丹羽飛龍に判定勝利。ONE戦績を3勝0敗とした[19]

2025年1月25日、ヨーロピアン柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級準優勝[20]。同年6月1日、世界柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級3位入賞[21]

2025年3月8日、ONE Fight Night 29にてジエゴ・ヘイスと対戦。キムラロックでサブミッション負けを喫し、ONE初黒星となった[22]

2025年4月1日、SHOYA ONLINEをリニューアル。ユーザー同士や石黒と交流できる機能や、石黒の活動の裏側を発信する機能を追加した「石黒翔也の柔術アカデミー」のサービスを開始[23]

2025年7月4日、ONE Friday Fights 115にてデニー・システィと対戦、変形のネッククランクでサブミッション勝利し、再起に成功。リング上でのインタビューでONE世界バンタム級王者のファブリシオ・アンドラージの名前を挙げ、グラップリングマッチでの対戦を要求した。試合後、パフォーマンスボーナスとして1万ドルを獲得した[24]

2025年10月、所属のCARPE DIEM 三田がCARPE DIEM BJJアソシエーションとの連携を解消し、ARTA BJJ Mitaとなったことに伴い、ARTA BJJ所属となる[25]。所属道場のCARPE DIEM離脱について石黒は自身のラジオで「ボンサイ柔術から移籍させてもらった恩があり、CARPE DIEM所属だったからこそ東京で専業柔術家として生活し、成長することができた。率直に寂しいという気持ちが大きい。」と話す一方で「新しい道場を信じてついてきてくれる会員さんを大切にして、自分自身も実績を残して新しい物語を作っていきたい。」と決意を新たにした[5]

ARTA BJJ時代

プロ柔術団体のACBJJから、2025年11月に開催されるトーナメント大会への出場オファーがあり承諾していたが、同じく出場オファーがあったミヤオ兄弟から対戦を断られたことを明かした[26]

人物

  • 既婚者で、一児の父である[27]
  • 妹の石黒遥希も2021年から2022年にかけて、全日本柔術選手権を2連覇するなど、国内トップの女子柔術家である[28]
  • 10代の頃にブラジル人の多いボンサイ柔術で練習していたことや、海外遠征が多かった経験から、英語とポルトガル語を話すことができる。特に英語はONEでのリング上インタビューや[15]、海外メディアからの取材に通訳無しで応じている[29]
  • 大学ではパーソナルトレーナーの資格を取得できる学科に所属していた[1]2019年末からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行により柔術家としての活動が制限されていた期間は、1日に2〜3回ウェイトトレーニングをし、ボディビルダーへの転向を検討していた[30]

選手としての特徴

  • 柔術やグラップリングでは、自ら引き込みガードポジションからの試合展開を得意とする[31]
  • サブミッションでの勝利を積極的に狙う傾向にある。一般的にアダルト黒帯のトップ選手同士の試合では、ポイントによる判定決着が多い一方で、石黒は2024年のアジア選手権をオール一本勝ちで優勝している[32]
  • プログラップリングの試合では、グラウンド状態での掌底による打撃が認められたIREで積極的に掌底を見せるなど[12]、自身のバックボーンである柔術のスタイルに固執せず、出場する試合のルールに適応した戦法を見せる。

戦績

柔術・グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×ジャック・シアー10分1R終了 判定0-3ONE Friday Fights 1362025年12月12日
デニー・システィ1R 6:20 ネッククランクONE Friday Fights 1152025年7月4日
×ジエゴ・ヘイス1R 6:05 キムラロックONE Fight Night 292025年3月8日
丹羽飛龍10分1R終了 判定3-0ONE Friday Fights 802024年9月20日
ブルーノ・アセベド1R 9:17 ヒールフックONE Friday Fights 642024年5月24日
寒河江寿泰10分1R終了 判定3-0ONE Friday Fights 552024年3月15日
手塚基伸5分1R終了 判定4-0極〜KIWAMI旗揚げ戦×J-MMA Rookies CUP2023年3月19日
猿田洋祐5:23 膝十字UNRIVALED22023年2月26日
今成正和オーバータイム47秒 エスケープIRE2022年1月10日
米倉大貴1R 1:00 送り襟絞めART.12021年12月26日
高橋雄己8分1R終了 判定3-0QUINTET FIGHT NGHT 7 in TOKYO2021年7月13日
山中健也1R 6:17 送り襟絞めKIT 022021年2月28日

獲得タイトル

外部リンク

脚注

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