石黒翔也
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ボンサイ柔術時代
掛川工業高校、常葉大学卒業。PRIDE好きの父の影響で、小学6年生からボンサイ柔術でブラジリアン柔術を始める[1]。
2013年4月10日、アラブ首長国連邦のアブダビで開催されたアブダビ・ワールドプロ2013に合わせて開催されたワールド柔術キッズ杯に出場。初戦敗退となるが対戦相手が優勝し、世界で活躍する柔術家を目指すきっかけとなる[2]。
2015年6月、世界柔術選手権にてアダルト青帯ライトフェザー級準優勝[3]。
2017年6月、世界柔術選手権にてアダルト紫帯ルースター級準優勝[1]。
2018年、アブダビ・ワールドプロ2018に出場(アダルト紫帯-62kg級)。準決勝まで勝ち進むも決勝戦で口に相手の膝が入り、出血でドクターストップとなり準優勝[4]。
同年、大学4年生の石黒は専業柔術家として生活したいと考えていたが、地元およびボンサイ柔術では経済的に困難であった。大学卒業後に上京し、CARPE DIEMに移籍することを考え、所属先であるボンサイ柔術の講師陣に伝えるも、家族のような関係性を重視していた講師陣に受け入れられず、大学在学中に事実上の破門状態となる。その後、FacebookのDMでCARPE DIEM代表の石川祐樹に連絡し、急遽上京。CARPE DIEMに移籍[5]。
CARPE DIEM時代
2019年、アブダビ・グランドスラム東京にてアダルト茶帯-62kg級優勝[6]。
2019年、アジア柔術選手権にてアダルト茶帯ライトフェザー級優勝[7]。
2019年12月8日、黒帯を取得[8]。
2020年、全日本ブラジリアン柔術選手権にてアダルト黒帯フェザー級優勝[9]。
2021年7月13日、後楽園ホールで開催されたQUINTET FIGHT NIGHT 7 in TOKYOでグラップリングデビュー。スペシャルシングルマッチで高橋“SUBMISSION”雄己と対戦し判定勝利[10]。
2021年8月8日、全日本ブラジリアン柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級優勝[11]。
2022年1月10日、IRE(今成ロール・エクスタシィ) のメインイベントで今成正和と対戦し、オーバータイムで石黒が今成の足関節から脱出し勝利[12]。
2022年2月、自身の柔術テクニック動画を配信するサブスクリプション「SHOYA ONLINE」のサービスを開始[13]。
2024年3月15日、ONE初参戦となったONE Friday Fights 55にて寒河江寿泰に判定勝利[14]。
2024年5月24日、ONE Friday Fights 64にてブルーノ・アセベドにヒールフックを極めてサブミッション勝利。リング上のインタビューでは流暢な英語で「最初はレッグロックを狙ったけど、10分以内にいけるか、危ないな、アタックしようと。とにかくこの人を極めないといけないと思い、ヒールフックで行けた。だからすごく幸せで、ここに来れて嬉しい。相手はタフガイだった」と答え、35万バーツ(約150万円)のボーナスを獲得した[15]。
2024年6月、グラップリングの教則動画を販売する「グラップリングスクール」のサービスを開始[16]。
2024年6月29日、アジア柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級に出場し、3試合オール1本勝ちで優勝[17]。
2024年7月、朝倉海のグラップリングコーチに就任。同年12月7日のUFC 310でセコンドとして帯同した[18]。
2024年9月20日、ONE Friday Fights 80にて丹羽飛龍に判定勝利。ONE戦績を3勝0敗とした[19]。
2025年1月25日、ヨーロピアン柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級準優勝[20]。同年6月1日、世界柔術選手権にてアダルト黒帯ライトフェザー級3位入賞[21]。
2025年3月8日、ONE Fight Night 29にてジエゴ・ヘイスと対戦。キムラロックでサブミッション負けを喫し、ONE初黒星となった[22]。
2025年4月1日、SHOYA ONLINEをリニューアル。ユーザー同士や石黒と交流できる機能や、石黒の活動の裏側を発信する機能を追加した「石黒翔也の柔術アカデミー」のサービスを開始[23]。
2025年7月4日、ONE Friday Fights 115にてデニー・システィと対戦、変形のネッククランクでサブミッション勝利し、再起に成功。リング上でのインタビューでONE世界バンタム級王者のファブリシオ・アンドラージの名前を挙げ、グラップリングマッチでの対戦を要求した。試合後、パフォーマンスボーナスとして1万ドルを獲得した[24]。
2025年10月、所属のCARPE DIEM 三田がCARPE DIEM BJJアソシエーションとの連携を解消し、ARTA BJJ Mitaとなったことに伴い、ARTA BJJ所属となる[25]。所属道場のCARPE DIEM離脱について石黒は自身のラジオで「ボンサイ柔術から移籍させてもらった恩があり、CARPE DIEM所属だったからこそ東京で専業柔術家として生活し、成長することができた。率直に寂しいという気持ちが大きい。」と話す一方で「新しい道場を信じてついてきてくれる会員さんを大切にして、自分自身も実績を残して新しい物語を作っていきたい。」と決意を新たにした[5]。
ARTA BJJ時代
プロ柔術団体のACBJJから、2025年11月に開催されるトーナメント大会への出場オファーがあり承諾していたが、同じく出場オファーがあったミヤオ兄弟から対戦を断られたことを明かした[26]。
人物
- 既婚者で、一児の父である[27]。
- 妹の石黒遥希も2021年から2022年にかけて、全日本柔術選手権を2連覇するなど、国内トップの女子柔術家である[28]。
- 10代の頃にブラジル人の多いボンサイ柔術で練習していたことや、海外遠征が多かった経験から、英語とポルトガル語を話すことができる。特に英語はONEでのリング上インタビューや[15]、海外メディアからの取材に通訳無しで応じている[29]。
- 大学ではパーソナルトレーナーの資格を取得できる学科に所属していた[1]。2019年末からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行により柔術家としての活動が制限されていた期間は、1日に2〜3回ウェイトトレーニングをし、ボディビルダーへの転向を検討していた[30]。
選手としての特徴
戦績
柔術・グラップリング
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| × | ジャック・シアー | 10分1R終了 判定0-3 | ONE Friday Fights 136 | 2025年12月12日 |
| ○ | デニー・システィ | 1R 6:20 ネッククランク | ONE Friday Fights 115 | 2025年7月4日 |
| × | ジエゴ・ヘイス | 1R 6:05 キムラロック | ONE Fight Night 29 | 2025年3月8日 |
| ○ | 丹羽飛龍 | 10分1R終了 判定3-0 | ONE Friday Fights 80 | 2024年9月20日 |
| ○ | ブルーノ・アセベド | 1R 9:17 ヒールフック | ONE Friday Fights 64 | 2024年5月24日 |
| ○ | 寒河江寿泰 | 10分1R終了 判定3-0 | ONE Friday Fights 55 | 2024年3月15日 |
| ○ | 手塚基伸 | 5分1R終了 判定4-0 | 極〜KIWAMI旗揚げ戦×J-MMA Rookies CUP | 2023年3月19日 |
| ○ | 猿田洋祐 | 5:23 膝十字 | UNRIVALED2 | 2023年2月26日 |
| ○ | 今成正和 | オーバータイム47秒 エスケープ | IRE | 2022年1月10日 |
| ○ | 米倉大貴 | 1R 1:00 送り襟絞め | ART.1 | 2021年12月26日 |
| ○ | 高橋雄己 | 8分1R終了 判定3-0 | QUINTET FIGHT NGHT 7 in TOKYO | 2021年7月13日 |
| ○ | 山中健也 | 1R 6:17 送り襟絞め | KIT 02 | 2021年2月28日 |