陸軍技術本部
日本陸軍の機関
From Wikipedia, the free encyclopedia
前史
砲兵会議
陸軍卿の諮詢を受け兵器技術、砲兵用設備に関して会議研究する機関で、1876年4月26日、「砲兵会議概則」(陸軍省達第71号達)により設置された。議長は少将である陸軍省第3局長(砲兵局長)が兼務した。当初は砲兵教育のための操典、教範などの編纂に係わる必要から、1887年5月、監軍部(後の教育総監部)に属することになったが、1891年6月に再び陸軍大臣に属することとなる。1898年7月19日、東京市小石川東京砲兵工廠構内の新築庁舎に移転した[1]。
議長在任者
- 原田一道 少将:1881年7月6日 - 1886年2月5日
- (心得)大築尚志 砲兵大佐:1886年2月5日 - 12月23日
- 大築尚志 少将:1886年12月23日 - 1887年6月4日
- 江間孚通 砲兵大佐:1888年5月21日 - 1889年11月22日
- (兼)黒田久孝 砲兵大佐:1889年12月30日 - 1890年10月1日
- 竹橋尚文 砲兵大佐:1890年10月15日 -
- (兼)牧野毅 少将:1891年6月8日 -
- 和田由旧 砲兵大佐:1893年12月18日 - 1895年3月26日
- 柴野義広 砲兵大佐:1895年7月19日 - 1896年10月19日
- (兼)中村雄次郎 砲兵大佐:1896年10月29日 - 1898年1月14日
- 桜井重寿 少将:1898年1月26日 - 1900年4月25日
- 有坂成章 少将:1900年4月25日 -
工兵会議
陸軍大臣の諮詢を受け、器材、築城、工兵隊編制及び教育、官衙兵営に関して会議研究する機関。1883年1月31日、陸軍省達乙第13号達により設置され、同日付けで「工兵会議条例」(陸軍省達乙第14号達)が制定された。議長には少将が当てられた。当初は砲兵会議と同様に、工兵教育のための操典、教範などの編纂に係わる必要から、1887年5月、監軍部に属することになったが、1891年6月に再び陸軍大臣に属することとなる。
議長在任者
技術審査部
砲兵会議と工兵会議に分かれて陸軍の兵器について担当することは統一性が欠けるとの意見が強くなり、1903年4月、両会議を合併して陸軍技術審査部が設置された。同年5月1日、技術審査部は東京市小石川区小石川町1番地東京砲兵工廠構内で事務を開始した[2]。
歴代部長
技術本部
組織の変遷
(当初)
- 本部
- 総務部
- 第1部(他部所掌外の兵器)
- 第2部(他部所掌外の器材)
- 第3部(光学・音響兵器)
- 陸軍科学研究所(基礎科学研究)
(1938年8月)
- 本部
- 総務部
- 第1部(他部所掌外の兵器)
- 第2部(他部所掌外の器材)
- 第3部(光学・音響兵器)
- 第4部(通信・電波兵器)
- 陸軍科学研究所(基礎科学研究)
(1940年8月)
- 本部
- 総務部
- 第1部(他部所掌外の兵器)
- 第2部(他部所掌外の器材)
- 第3部(光学・音響兵器)
- 第4部(通信・電波兵器)
- 第5部(戦車・自動車)
- 第6部
- 陸軍科学研究所(基礎科学研究)
(1941年6月)
- 本部
- 総務部
- 第1部
- 第2部
- 第3部
- 技術研究所
- 第1(鉄砲)
- 第2(情報、気球、測量)
- 第3(工兵器材)
- 第4(車両)
- 第5(通信器材)
- 第6(化学兵器)
- 第7(物理兵器)
- 第8(爆薬)
- 第9(秘密兵器)