神奈川県立光陵高等学校
神奈川県横浜市保土ヶ谷区にある高等学校
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概要
横浜国立大学教育学部に、将来、附属高等学校を設置するという意図の下に、1966年(昭和41年)、横浜市中区立野にあった横浜国立大学教育学部(当時)附属横浜中学校の隣接地に、神奈川県立横浜立野高等学校山手分校が設置された。しかし、国立高校への移管は茗渓会からの反対などで行われず、神奈川県立光陵高等学校として独立(1968年)し、現在に至っている。そうした経緯から、開校後数年間は、横浜国立大学附属中学からの進学者が大半を占め、学区の扱いも柔軟なものであった。
1971年(昭和46年)、現在地(東海道の名所権太坂)に移転。
2007年(平成19年)、県教育委員会から「学力向上進学重点校」10校のうちの1校に選ばれた。ほとんどの生徒が進学希望である。
2009年(平成21年)4月からは、横浜国立大学附属横浜中学校と連携し、中高一貫教育が実施されている。同校創立時の目標が、40年を経て形を変えて達成されることになった。
校名の由来
部活動[4]
運動部
- 剣道
- 硬式テニス(男子,女子)
- 硬式野球
- サッカー
- 水泳
- ソフトテニス
- 体操
- 卓球
- ダンス
- バスケットボール(男子,女子)
- バドミントン(男子,女子)
- バレーボール(男子,女子)
- ハンドボール(男子,女子)
- 陸上競技
- ワンダーフォーゲル
文化部
- 英語
- LMC(軽音楽)
- 演劇
- 科学
- 合唱
- クイズ研究
- クッキング
- 将棋
- 弦楽
- 茶道
- 写真
- 書道
- 吹奏楽
- 美術
- 文芸
同好会
- アンサンブル
- パソコン
沿革
- 1966年1月1日 - 神奈川県立横浜立野高等学校山手分校として設立[5]
- 1968年2月16日 - 神奈川県立光陵高等学校として独立[6]
- 1971年3月11日 - 権太坂に校舎を移転[5]
- 2007年 - 県教育委員会から「学力向上進学重点校」に指定
- 同年12月 - 中高大の一貫教育計画を発表
学区
- 1966 - 1970年 - 横浜南部学区 および横浜北部、横浜中部、横須賀三浦、鎌倉湘南学区
- 1971 - 1973年 - 横浜中部学区 および横浜北部、横浜南部、横須賀三浦、鎌倉湘南学区
- 1974年 - 横浜中部学区 および横浜北部、鎌倉湘南学区からそれぞれ上限45名
- 1975 - 1980年 - 横浜中部学区
- 1981 - 2004年 - 横浜中部学区(新)[3]
交通
著名な出身者
学者
- 山本勉 - 清泉女子大学教授(日本美術史)
- 中井泉 - 東京理科大学理学部教授
- 馬場靖憲 - 東京大学教授
- 小林謙一 - 中央大学文学部教授(考古学)
- 田崎悦子 (教育学者)
- 井上隆史 (国文学者)
- 宮本直美 (社会学者)
スポーツ・文化・芸能
- 真野あずさ - 女優[7]
- あさみ順子 - パズル作家
- オオゼキタク - シンガーソングライター
- 道蔦岳史 - 放送作家、クイズ作家
- 上大岡トメ - イラストレーター、エッセイスト
- 三宅純 - ジャズミュージシャン、作曲家
- 波木井賢 - アムステルダムロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団首席ビオラ奏者
- 佐野譲顕 - 日本テレビ執行役員制作局長、元プロデューサー。
- 増田隆生 - 元日本テレビアナウンサー。
- 武藤友樹 - NHKアナウンサー
- 長島真祐 - 声優
- 大河原あゆみ - 元山口放送アナウンサー。現在はフリーアナウンサー
- 正名僕蔵 - 俳優
- 原良枝 - 元テレビ神奈川アナウンサー。現在はフリーアナウンサー
- 前田彩佳 - アイドル(AKB48)
- 山本かおり - シンガーソングライター、女優
- 中村恩恵 - 振付家、舞踊家
- 竹内晶子 - 女優、俳優トレーナー
財界
政界
官界
その他
- 平田仁子 - 環境活動家
