本殿
神社の北西、塚脇にある古墳群の「服部連塚」と「御女塚」が服部連の夫婦墓とされ、この地の服部連が祖神を祀って服部神社と称していたが、延喜年間(901年~923年)に神服神社と改めた。延喜式神名帳では、摂津国島上郡三座の一つとして小社に列した。
維新まで安岡寺の僧侶が社務をとっていた。明治5年(1872年)郷社に列す。明治40年(1907年)11月に宮之原河原の春日神社・稲荷神社を境内に移す。翌年明治41年(1908年)、塚脇の上宮神社、浦堂の若宮神社、大蔵司の神明神社を合祀[1]。平成25年(2013年)には、改修工事が完了する[2]。